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論文

 日本の都道府県のなかでもっとも複雑な形状をしているのは間違いなく長崎である。長崎半島や島原半島などの半島に主要な部分が存在し、日本全体の島数の一○%弱に相当する六○○強の島々が点在し、対馬、壱岐、五島、平戸などを中心に、県土の面積の四○%弱、そして七四の有人の島嶼人口は全体の一五%弱にもなる。まさに半島と島々で構成された地域ということができる。

 今回紹介するのは、その有人の島々のひとつ伊王島と、現在では無人になってしまっている軍艦島である。流石に長崎は港町であり、都心にある県庁から西側に数百メートルの海岸に五島列島などへの船舶が発着する大波止港がある。ここで一日に一○回程往復している伊王島行きの高速の船便に乗船すると、しばらく長崎港内を南下してから途中で右折して航路を西側に変更する。そして湾内から外洋になった途端、前方に島影が出現する。

 やがて輪郭が鮮明になってくると、橙色の屋根をもつ建物がいくつも遠望できるようになり、大波止港を出航してから約二○分で伊王島港に到着する。伊王島町は厳密には伊王島と沖之島という二島によって構成されているが、両島は水路のような海峡によって分離されているだけであり、実質は三本の小橋で一体に連結された南北約三キロメートル、東西約一キロメートルの細長い離島である。

 小島にもかかわらず、ここは由緒ある場所であり、三九一年には神功皇后が訪問し、この小島を祝島と名付けたという故事もあるし、遣唐使船が南側の大中瀬戸を二度通過したという記録もある。さらにキリシタン迫害時代には信者が逃避してきていた影響で現在でも島民の七割は信者であり、多数のキリスト教会も存在している。そして明治になって外人技師リチャード・H・ブラントンが建設した最初の洋式灯台の一基も現存している。

 しかし、この離島が発展したのは一九四一年から開始された炭鉱であり、盛期にはこの小島に約七五○○人が生活していた。ところが七二年に炭鉱が閉山になると一気に人口は減少し、かろうじて一○○○人台を維持している過疎の離島になってしまった。ここに登場したのが長崎から地元に回帰し、八五年から町長をしている池下守氏であり、外部資本を導入してルネサンス長崎・伊王島というレクリエーション施設を建設した。

 これはスペイン風瓦屋根をもつ何棟かのホテルとテニスコートなどで構成され、ルネサンス長崎・伊王島オープンというテニス大会が開催されるなど、年間四○万人以上が訪問するリゾート地域へと発展した。とりわけ長崎との往復船代も一緒にした飲み放題・食べ放題の格安バイキング料理は大変な人気となり、長崎市民の夕涼みの場所として定着する方向になり、地域発展の成功事例として各種の表彰もされることとなった。

 そして本題のカヌーの話題である。このアイデアマンの町長はカヌーも島興しの手段になると、一気に二○艇近くを購入したが、十分な調査もせずに上級者用のカヌーを購入してしまい、自分で試乗したところ一瞬にして転覆という事態になり、あまり利用されないまま艇庫に休眠していた。丁度そのような時期に機会があって町長に出会い、カヌーを自由に利用していいということで毎年何回か訪問することになった。

 この小島の西側は東シナ海の荒海であるが、条件の良好なときには約四キロメートル南側にある高島、さらに約四キロメートルの端島まで航行すると快適である。この端島は一般には軍艦島といわれ、一周一二○○メートルの岩礁のような小島であるが、一八七○年に炭鉱が開山し、上部には軍艦の艦橋のように多数の建物が建設され五○○○人以上の人々が定住していた。しかし、一九七四年の閉山以来無人になり、現在、世界遺産登録を目指している最中である。

 この伊王島町にも、いくつかの課題が発生しつつある。第一は、あと数年で南側にある大中瀬戸に架橋が建設され、長崎半島と陸続きになることである。これは島民にとっては急病のときも台風のときも本土と確実に往来できるという意味で安心なことであるが、現在は自家用車もなく、交通信号もない島内の状況は一変する。また、外部の人間にとっては海洋で隔離された離島の魅力の半減になりかねない。

 さらに眼前の問題は、ルネサンス長崎・伊王島が親元の企業の不振などもあって営業を停止して閉鎖されていることである。その影響で整備された砂浜のある海水浴場も島民の利用中心に縮小しつつあるし、カヌーも日帰りでしかできない状態である。このような課題は全国の離島に共通するものではあるが、県都長崎から二○分余の位置にある絶好の条件を駆使して、豪腕池下町長が苦境を打開することを期待している現在である。





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