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論文

 自然環境への関心が向上するにつれて河川の水質が話題になるが、その測定方法はいくつかある。手間はかかるが道具が不要な方法は水中に棲息しているカワゲラやトビケラなど水生昆虫の種類を調査する方法であり、それらの種類が豊富なほど水質は良好と判断される。道具を使用する方法としては水素イオン濃度の測定や、水中に溶存している有機物質を酸化薬剤と反応させて、有機物質による水質の汚染を測定したりするものがある。

 それらのなかの代表は生物化学的酸素要求量(BOD)を測定する方法である。工場排水や家庭排水の影響で河川に溶融している有機物質は水中の細菌などが分解して浄化しているが、そのときに水中の酸素を消費する。一リットルあたりの川水を浄化するのに必要な酸素をミリグラム単位で測定した数値がBODであるが、その数値が多量なほど水中の酸素は少量ということになり、結果として魚類などの棲息が困難になる。

 日本国内には一○九水系の一級河川があるが、これらの河川を各地で管理している国土交通省河川整備事務所が約千箇所で毎月BODを測定し、その通年の平均を計算して全国の一級河川の水質の順位を「全国河川ランキング」として発表している。本年六月に発表された最新の順位では、アザラシの「タマちゃん」で有名になった鶴見川が全国最低の順位となり話題になったが、全国各地の流域が一喜一憂する順位である。

 今年は北海道の尻別川、後志利別川、札内川、三重県の宮川の四本の河川のBODの数値が○・五の同率で首位となった。ところで清流といえば「日本最後の清流」というキャッチフレーズで全国に有名な四万十川ということになるが、ここは数値が一・○で全国では七二位であり、実際、最近も四万十川でカヌーをしたが、上記の結果を証明するような状態であった。もはや清流という名前を返上しなければならない状況になっている。

 今回紹介する仁淀川は四万十川と同様に高知県にある一級河川であり、四国の最高峰石鎚山を源流として太平洋岸まで一二四kmの延長をもつ大河であるが、BOD濃度は○・六で昨年の一九位から今年は七位に躍進した。もちろん清流の条件は水質だけではなく、魚類や鳥類の生態の多様さや両岸の景観なども影響するが、やはり豊富で透明な水流が基本であり、その意味では仁淀川は四国随一の清流ということになる。

 今年七月に中流の一○km弱の距離をカヌーで航行した。左岸を国道一九四号が通過しているために、すべてが自然のままというわけにはいかないが、大半が自然護岸のままで四万十川と類似した風景である。蛇行の形状も川原の様子も区別がつかない兄弟といってもいい状態であり、水質は全国七位の資格のある十分な透明さで、周囲の光景や川底の様子を観察しながらノンビリと川下りをするには格好の大河である。

 今回の到着地点は伊野町立の土佐和紙工芸村であったが、このような施設があることが証明するように、仁淀川の流域は和紙の産地としても有名である。すでに平安時代の一○世紀初頭に和紙の生産の記録が存在しているほどの歴史のある地域であるが、温暖多雨な高知の山地に自生する樹木ミツマタ、コウゾ、ガンビ、そして繊維を相互に接着させるノリを製造するトロロアオイなどを原料として、和紙の一大生産地域であった。

 明治時代になって西欧から洋紙の生産技術が導入されるまで、和紙は日本で大量に生産され、明治三○年代には全国に手漉き和紙工場は七万ほど存在していたが、大正時代から昭和時代にかけて急速に減少し、現在では約四五○が存続しているにすぎない。そのような状況のなかで、高知県内の九市町村で現在でも四六の手漉き和紙工場が生産を継続しているが、仁淀川の流域に四○が集中しており、和紙王国・土佐の中心になっている。

 カヌーはスポーツの一種であることに間違いないが、それ以外の役割も重視すべきである。第一は上記のような地域の文化に接触できることである。河川であれば上流まで陸路を通行するときに地域の集落形態や地場産業の様子を観察することができるし、海洋であれば、休憩のために立寄る漁港で、それぞれの地域の漁業などの産業や風習などの文化の現実に接触することもできる。それらに関心がないと単純なスポーツになってしまう。

 第二は環境を敏感に感触できることである。地域の気象条件や河川の水理条件などを事前に調査することも必要であるし、水面すれすれに河川を観察しながら航行するから、河川の状態の変化を敏感に察知することもできる。河川法大改正により、河川は流域の人々が参加して維持していく方向に転回した。流域の人々とカヌーで清流を享受する人々とが協力し、清流を維持していく活動を展開することが重要になる。





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