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論文

 九九という数字は、最大ではないが極限まで最大に接近しているという状況を表現している。したがって多数とか大量を表現するために九九という数字を使用している言葉は多数ある。一般の名称ではうねうねとした山道を表現する九十九折があるが、有名な地名は房総半島の太平洋側にある九十九里海岸である。九十九里といえば約三九○キロメートルになるが、実際は六○キロメートル程度であり、まさに長大を表現した用法である。

 もうひとつ日本で有名な地名は九十九島である。長崎県北松浦半島のリアス海岸の約二十五キロメートルの沿岸に点在する多数の島々で、一帯は西海国立公園にも指定されている景勝の地域である。文化九年(一八一二)から翌年にかけて伊能忠敬も来訪して約一ヶ月で測量し、詳細な地図を作成している。多数の島々だから九十九島であるが、それでは一体、本当の島数はいくつかということが疑問になる。

 昭和二十五年に佐世保市は約一七○と発表、昭和二十八年には長崎県庁が約二○五という数字を公開しており、一定の数字がない。それには理由がある。小型の岩山という程度のものは、満潮のときには水没してしまうし、干潮のときには陸続きになるものもあるから確定できないのである。そこで地元の有志が正確な島数を確定しようと「九十九島の数調査研究会」を組織し、足掛け三年をかけて調査した。

 一見簡単な仕事のようであるが、苦労の連続であった。佐世保湾は最大約四メートルも海面が上下するので、時々刻々数字が変化する。また、水面の上下によって岩山が一体となったり多数に分離したりもする。様々な試行錯誤の結果、満潮の時点でも水面に突出しており、その上部に植物の生育が確認できることを「島」の定義とし、本年四月に決定版二○八という数字が発表された。

 このような詮索はともかく、九十九島はカヌーには絶好の場所である。第一に佐世保市が建設した西海パールシーリゾートという立派な港湾施設から出発できることである。大抵の場所では、漁港の片隅から漁船に遠慮しながら船出をしたり、小石が一杯の海岸から苦労して出発したりということになるが、ここはレストランや土産物店などが立並ぶ木製の桟橋の前面にあるカヌー専用の施設から出発でき、気分は爽快である。

 島影を両側にしながら通過していく水路は複雑であるため、詳細な地図か地元のベテランに依存しないと迷子になる危険はあるが、常緑の樹木が密生し、所々に岩肌が露出している島々は絶景の連続であるし、背景となる周囲の半島の景観も変化があり、退屈することがない。そして沖合の多数の島々が風除けとなり、台風のときでもなければ、波浪のためにカヌーをあきらめる必要もない。

 ここ数年、地元の友人の案内で何度も九十九島の内部を周遊している。西海パールシーリゾートから出発し、初回には戸惑うような複雑な水路を通過して島々が展開する海域に到達する。そこからは気分次第で適当な進路をとる。遠方からは一体であるような島影に接近し、わずかな隙間を通過して奥深い湾内に到達するようなことも出来るし、小島の岩肌の中間に展開する砂浜で食事をするという優雅な時間も経験できる。

 一度は夕方に出発し、手近な小島まで調理道具や食材、そして天幕や寝袋をカヌーで運搬し、深紅になる夕暮れの海面、そして満天の星空を満喫しながら食事をするという極楽を経験することもできた。早朝には清涼な空気のなか、朝食までの一時を利用して小島を一周すると、都会の生活に疑問さえもつようになる。友人たちは一年に何度も経験しているようであり、地域格差を実感する。

 現在、九十九島では世界遺産への登録の検討が進展している。世界遺産への登録の条件は類似の地域の登録が存在していないことである。世界には群島は無数といっていいほど存在している。マレー半島の東側のメルグイ諸島、スコットランド地方の東側のヘブリジーズ諸島、ギリシャのエーゲ海域、チリの太平洋岸の迷路のようなチョノス諸島など、規模も歴史も格上の群島に対抗するのは困難である。

 しかし、九十九島が自慢できるのは人間の生活と一体となった海洋の利用である。この一帯がパールシーと名付けられているのは、湾内が世界有数の真珠の養殖場所であることに由来する。また、人口二五万人の都市の眼前に展開するということでも貴重な自然環境である。いたずらに世界遺産というお墨付きを期待するのではなく、この共存の価値を我々が認識することが九十九島の永続に重要なことである。





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