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論文

 昨年十一月末に発表された『犯罪白書』によれば、二○○二年の刑法犯罪の認知件数が七年連続で増大して約三六九万件で戦後最多となる一方、検挙比率は二○・八%と前年よりわずかに向上したものの戦後最低という程度に低下している。一九七○年代には前者が約一二○万件であり、後者は六○%以上であったから、異常な事態といって過言ではない。

 その原因は複雑であり、検挙件数が前年より三三・三%も増大した外人による犯罪の増加、長崎での幼児殺害事件に象徴される正面による犯罪の増加、IT社会が進展するにつれて過去五年で五倍以上になったインターネット犯罪の増加なども影響しているが、根底にあるのはコミュニティといわれる構造が、社会の進展とともに崩壊してきたことではないかと推定される。

 コミュニティは元来、宗教や倫理を同一にする人々の集団という意味であるが、日本では長年、地域社会とか地縁社会と翻訳されてきた。農業が中心の時代には、国民の過半が農地の周囲に定住して相互に密接な関係にあったからである。ところが、次第に工業社会になり、さらには情報社会に移行するにつれ、国民の多数は工場やオフィスで仕事をするサラリーマンとなり、生活空間より仕事空間のほうが日常の中心の空間になってきた。

 これは会社が中心の社縁社会とか、職場が中心の職縁社会といわれるが、実際に、隣家の家庭の事情はほとんど関知しないのに、会社の同僚の家庭の事情は細部まで承知しているというのがサラリーマン社会の実情である。しかも、バブル経済の隆盛した七○年代後半から八○年代までの十数年間は、サラリーマンの多数は深夜に帰宅し、早朝には出勤するという生活であり、家庭や地域とは疎遠な生活をしてきた。

 その結果、家庭やちいきで抑止できたであろう犯罪が野放しになっていき、冒頭のような異常事態になってきたのではないかと推察できる。その対策として、一見、迂遠のようではあるが、地域社会を再生していくことが重要になる。幸運なことに、景気の低迷により勤務時間が減少し、休日の接待ゴルフなども激減した結果、サラリーマンの家庭や地域で生活する時間が増大するようになった。これを好機とすべきである。

 最近、コミュニティ・レストランの略語であるコミレスという言葉が流行している。都心の空家などを改装し、地域の人々がレストランを運営する仕組である。四日市市の「こらぼ亭」が有名であるが、五○名近い主婦などが毎日交代で持参した食材を調理して料理を提供している。顧客は家族や友人が中心で、ビジネスとして繁盛するというほどではないが、疎遠であった地域の人々が出会い、地縁社会を復活させる拠点となっている。

 一方、山村などでも農家の主婦が協力して、手打ちソバを提供する食堂などを営業して成功している事例が各地に登場している。これまで現金収入のなかった主婦が自由になる金銭を手中にするという意義もあるが、それほど密接な関係でもなかった地域の農家の人々が活発に交流する拠点になるとともに、外部の人々との交流によっても地域社会を意識する契機となっている。

 このようなコミュニティ・ビジネスはイギリスのサッチャー政権で経済活性化策として考案されたものであり、日本の経済財政諮問会議でも一○万人の雇用を創出する経済政策として提案されているが、そのような経済の視点ではなく、崩壊しつつある地域社会を再生させる政策として注目すべきである。





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