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論文

 ドイツの環境学者フリードリッヒ・シュミット=ブレーク博士がヴッパータール気候・環境・エネルギー問題研究所在籍中に開発したエコロジカル・リュックサックという概念がある。人間が利用している様々な物質を入手するためには、背後に不要となる膨大な物質が存在しており、それを物質が背負っているリュックサックと表現したものである。

 一例として、一㌧ の褐炭を生産するためには、八・五㌧ の不要な廃石を除去し、六・三㌧ の廃水を地下から排水しているので、リュックサックの重量は約一四・八㌧ になる。これは露天掘削の場合であるから、地下からの掘削であればリュックサックの重量はさらに増加することになる。この数値が増大すればするほど、物質を生産するためのエネルギーの消費は増大し、その価格は高価になるということを意味する。

 シュミット=ブレーク博士によるリュックサックの計算結果が『ファクター一○』という著書に紹介されているが、主要な鉱物資源については以下のような数値になっている。「鉄」が一四、「銅」が四二○、「銀」が七五○○、「金」が三五万、そして「ダイヤモンド」になると五八○○万である。これで計算すると、一カラット、すなわち○・二㌘ のダイヤモンドを採掘するためには、約一二㌧ の岩石を掘削していることになる。

 この数値には様々な意味がある。第一に、それぞれの金属の値段はリュックサックの重量に密接に関係していることである。価格は変動するので正確には計算できないが、単位重量あたりの「鉄」の値段を一とすると、「銅」が一○、「銀」が一五○○、「金」が八万、ダイヤモンドが七五○万になる。同様に「鉄」のリュックサックを基準として一とすると、「銅」が三○、「銀」が五四○、「金」が二万五○○○、ダイヤモンドが四一五万である。

 完全に比例しているわけではないが、両者の桁数の増加は同一であり、偶然とはいえないほど符合している。もちろん、金属の価格は導電比率、延性や展性、腐食への強度など、実用の観点も反映しているが、希少さも影響している。そこで現在の年採掘量の逆数を計算して「鉄」を一としてみると、「銅」は八五、「銀」は六万、「金」は四五万となり、リュックサックの重量が表示する採掘の手間を反映した数字になっている。

 第二の意味は、これらの金属の地球に存在する総量にも密接な関係があることである。現状で推定されている総埋蔵量の逆数を計算し、同様に「鉄」を一としてみると、「銅」が四○○、「銀」が五三万、「金」が四七○万である。さらに、それぞれの可採年数、すなわち資源が枯渇するまでの年数は、「鉄」が二五三年、「銅」が五四年、「銀」が三○年、「金」が二四年という程度であり、リュックサックを議論するどころではない年数である。

 第三は、人間が古来、この金属の特性を熟知して、社会の仕組に反映させていることである。オリンピックのメダルに使用される金属は、一位が「金」、二位が「銀」、三位が「銅」であるし、結婚してからの年数による御祝いは、「鉄」が六年、銅が「七年」、「銀」が二五年、「金」が五○年、そしてダイヤモンドは六○年であり、人生の重荷と同様、リュックサックの重荷の順位を反映している。

 現代の文明社会は、石油や石炭などのエネルギー資源にしても、今回紹介した鉱物資源にしても、数十年先には枯渇する物質に依存したきわめて脆弱な基盤で維持されている。これを延長することが当面の課題であるが、その方策を検討するうえでエコロジカル・リュックサックは有用な手段であり、その利用方法の検討が期待される。



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