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論文

腐敗社会・日本

 民間団体トランスペアレンシー・インターナショナルの日本支部が毎年年末に国内の「十大汚職・腐敗・疑惑事件」を発表している。昨年の順位では、旧橋本派へのヤミ献金(二位)という政治事件、厚生労働省の汚職(一位)など官庁汚職、日本放送協会の事件(六位)などマスメディア疑惑、西武鉄道の株式虚偽記載(八位)など企業疑惑と、あらゆる分野の腐敗が列挙され、地方公共団体関連でも新潟談合疑惑(五位)が掲載されている。
 これらの事件が頻発しているので我々の感覚は麻痺しているが、上記の国際組織による世界三〇カ国を対象にした汚職・腐敗・疑惑の調査結果によると、日本は二〇〇三年が一八番目、二〇〇四年が二〇番目と半分以下で、点数も十点満点で七・〇点と六・九点と落第状態である。ちなみに、昨年の上位はフィンランド(一位)、アイスランド(三位)、デンマーク(四位)、スウェーデン(六位)など、北欧諸国が九点以上で独占状態である。
 さらにスイスの民間組織・世界経済フォーラムが三〇カ国を対象に実施した調査で、各国の契約や法令の遵守状態についての結果をみると、日本は二二番目であるし、同様にスイスの経営開発研究機関が五一カ国を対象にしたアンケート調査で、企業の法令遵守の程度は二七番目、経営者層の社会的責任感では一九番目である。日本は国際社会で比較してみると、官民ともに大変に腐敗した社会なのである。
 日本は九〇年代の初頭から閉塞状況になり、すでに一五年間が経過したが、一向に回復の気配がない。それは社会構造の転換が進展していないという問題もあるが、それ以上に国民の意欲が、高度経済成長を目指した六〇年代の時期のように高揚していないからである。それは適度な生活水準を保証されていることもあるが、上記のような社会の腐敗の蔓延が影響していることも主要な原因のひとつである。


信賞必罰の実現

 ここから脱却するためには、いくつかの社会変革が必要である。第一は信賞必罰の制度である。ここで唐突のようであるが、キューバの復活の経緯を紹介したい。キューバはカストロ政権以来、共産主義国家としてソビエト連邦と密接な関係によって経済を維持してきた。アメリカの鼻先に位置するという条件から、ソビエト連邦の手厚い支援があり、キューバは砂糖の生産に特化するだけで、国内経済を維持できたのである。
 その結果、必要な木材のほぼ全量、機械の約八〇%、化学製品の約六〇%、そして食料でさえ約六〇%を共産主義諸国からの輸入に依存する状態であった。しかし、九一年一二月のソビエト連邦の崩壊で事態は一変した。大半の物資の輸入は停止し、輸入物資の約八〇%を喪失する事態となった。そして、アメリカはキューバ打倒の好期とばかり経済封鎖を一層強化したため、自由主義諸国からの輸入もできない状態になった。
 それ以後の詳細は吉田太郎『二〇〇万都市が有機野菜で自給できるわけ』(築地書館 二〇〇二)を参照されたいが、フィデル・カストロ議長の政策により、薬品の約二〇%を薬草で供給し、あらゆる空地を家庭菜園に転換するなど自給を目指して努力した。そして現在では、人口二二〇万の首都ハバナで野菜が完全に自給できる状態に回復している。ちなみに、東京の食糧自給比率は一%、大阪は二%である。
 この奇跡ともいえる回復が実現したのは、切迫する危機を背景に、優秀な政策、強力な指導が上手く合致したこともあるが、見過ごしてならない要因は社会的不公正を断固として排除している体制にある。数例を説明すると、国会議長でさえ、休日には一般市民と一緒に行列して買物し、カストロ議長は特別として、すべての閣僚は毎日自家用自転車で通勤し、住宅も特別の配慮はないというのが実情である。
 それ以上に厳格なことは、罪悪への処罰である。公務に従事する役人は同一の犯罪でも一般国民の二倍の刑罰になるし、以下のような事例もあった。キューバではフィデル・カストロとラウル・カストロの兄弟が政府の双璧であるが、ナンバースリーの地位にあったアルナダ党中央委員会書記が、海外出張のときに外国企業から自由に使用していいというクレジットカードを提供されただけで除名処分になっている。
 もちろん現実には、毎年アメリカへ亡命するキューバ国民が多数存在しているし、二〇〇一年には汚職対策専門の省庁が設置されるなど汚職が存在しないわけではないが、それが公平に処罰されていることが国民の志気を向上させていることは否定できない。それに対比すれば、普通の国民には縁遠い一億円小切手を受領しても記憶にないという言訳が通用する国家の国民の志気が向上しないのは当然ということになる。


意思表明の実現

 第二は国民が意思表明する気風を醸成することである。昨年三月にマドリードで列車爆破テロが発生し、通勤途上の二百人近い人々が死亡した。その翌日、マドリードでは約二〇〇万人、スペイン全土では約八〇〇万人の国民がデモ行進をし、直後に実施された選挙では本命と見做されていた現役の首相が敗退するという大逆転劇が発生した。そして当選した首相は、直後にスペインの軍隊のイラクからの撤退を表明したのである。
 これに比較すれば、日本はあらゆる事件に沈黙したままである。日本放送協会で度重なる汚職などの事件が発生しても視聴料金の支払い拒否は数%であるし、読売新聞の株式保有状況が長年にわたり虚偽記載されていたという事実が判明しても購読拒否はほとんどない。企業の幹部がテレビジョン画面で深々と謝罪をする光景は見慣れたものになってしまったが、その企業の製品の不買運動も一向に発生しない。
 観客民主主義という言葉がある。四年に一回の選挙で首長なり議員なりを選択してしまえば、住民は政治や行政に関心をなくし、遠目に見物しているだけという現状を表現した言葉である。これは政治や行政には都合のいい状況で、ほとんど監視のないままの野放し状態である。これを主演民主主義に転換し、自分の地域で展開している政治活動や行政活動に積極関与する機運にしていく必要がある。


情報公開の実現

 第三は情報公開を現在以上に進展させることである。毎年三月になると、民間団体が都道府県と政令指定都市の情報公開の調査をし、順位を発表している。きわめて興味のあることであるが、この順位と地域の活発さとは密接な関係がある。上位は知事や市長が意欲ある行政を推進している地域であり、下位に評価された地域は知事や市長の名前さえ覚束ない。確認したければ、全国市民オンブズマン連絡会議のホームページを参照されたい。
 一例として昨年の調査結果で一位になった鳥取では、片山知事が議会を完全に透明な状態に改革し、議事内容の公開は当然として、国会でも大半の地方議会でも常識になっている、事前に議員から質問を入手する作業を中止し、すべて議会においてのみ質疑も答弁もおこなう態勢に変更している。これは県民のみならず、外部の人々の信頼を確保する有効な手段であり、各地に波及する状態にある。
 そして日本の不幸は、マスメディアが本来の機能を喪失していることである。テレビジョン放送のプライム時間は存在意義のほとんどない芸能番組に占拠され、衛星放送でチャンネルが増加したが、それら低俗番組を繁殖させただけであった。新聞でさえ徹底追求する姿勢は希薄で、記者クラブ維持のために政府情報を再録している部分が大半である。ぜひともインターネットという通信手段を駆使した情報公開で障壁を打破する必要がある。


地域からの変革

 二九日目の恐怖という寓話がある。ある湖沼に一枚の水草が浮上してきた。翌日には二枚になり、さらに翌日には四枚と毎日倍増していき、二九日目には湖面の半分にまで繁殖した。それでは湖面全体が水草で一杯になるのは何日かということである。経過を観察してきた人間には回答は容易であるが、あるとき突然、まだ半分は青々としたままの水面を見渡して、明日ということを理解するのは困難である。
 日本の現状は、場合によっては二九日目かもしれない。全体の人口は今年から減少に転換する。約七四〇兆円の長期債務は年々増加していき、返却の方法はない。建設公共事業に依存した地方経済は維持できない。石油も天然ガスも何十年先には枯渇する。すでに二九日目の恐怖は接近している。早急な方向転換なり構造改革が必要であることは多数の人々が理解しているが、現実には抵抗勢力などが存在して進展しない。
 巨大な構造改革を、その権力の中枢にある立場から実行することが困難なことは、明治維新が証明している。欧米列強の強力な圧力によって開国を強要された徳川幕府は機能麻痺となり、ほとんど対応することができなかった。その切迫した状況のなかで明治維新を実現した人々は、権力の中枢から最遠の地域にあった薩長土肥の、しかも地域の権力からも縁遠い下級の武士たちであった。
 現在、政府が構造改革を推進しているかのようであるが、それらはことごとく中央省庁の官僚の術数によって骨抜きになっていくのが実態である。そのような状況のなかで改革の機運が明瞭な形態になっているのは都道府県の知事、そして市町村長の行動である。とりわけ国家と対決することも遠慮しない改革推進の知事の活動は、武力こそ行使しないものの、明治維新の志士の行動に重複する部分が多々ある。
 地方公共団体は明治以来、百数十年にわたり国家の下部構造として日本の繁栄を支持してきた。しかし、冒頭に紹介した調査結果が明示するように、上部構造は各所で腐敗しはじめていると同時に、下部構造も疲弊している。これを再建するには上部構造の手直し程度ではなく、下部構造からの再建でなければならない。今年こそ、地域から日本を変革する元年として、地方公共団体が覚悟して行動されることを期待している。



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