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論文

成長の限界に接近した文明

 北海道沿岸部でのニシンの漁獲は十九世紀後半から二○世紀前半にかけては平均すると毎年約七○万トンという豊漁であったが、一九三○年代になって激減し、一時は約三○万トンに復活したものの、五○年代以後はほとんど消滅し、現在では一万トン以下の漁獲しかない。秋田音頭に秋田名物として紹介されているハタハタも盛期には二万トンの漁獲があったが、現在では数百トンという程度に減少している。
 このような個別の魚種だけではなく、世界全体の漁獲総量も頭打ちになりつつある。戦後、約二○○○万トンであった漁獲は順調に増大して四○年間で約九○○○万トンまで増大したが、九○年代以後は横這いである。その期間に人口は増大しているので、一人あたりの漁獲は七○年代以後増大していない。これは人類の最初の生産形態である狩猟経済が限界に接近しつつあることを意味している。
 第二の生産形態は農耕経済であるが、これも限界が予感される。世界の穀物総生産量は戦後の六億トン程度から四○年間で約一六億トンまで増大したが、九○年代以後は微増であり、一人あたりに換算すると微減になりつつある。その穀物生産の基礎となる農地面積も戦後五○年間で一人あたりの面積が半分になった。品種改良や化学肥料の投入によって無理矢理増大させてきた農業経済も限界に到達しつつある。
 現在の社会の基礎となっている第三の生産形態である工業経済も順調ではない。工業生産の基礎は鉄鉱、銅鉱、銀鉱、金鉱などの鉱物資源と、石炭、石油、天然ガスなどの化石燃料である。現在判明している鉱石の各埋蔵量を現在の年平均掘削量で割算すると、鉄鉱の二五○年を例外として、それ以外は二桁の年数、すなわち百年以下で枯渇する。同様に化石燃料も石炭の二三○年を例外として、石油も天然ガスも二桁の年数しか賦存しない。


急速な増大が破壊する自然

 数万年前までの主要な生産活動の狩猟経済、数千年前からの農業経済、数百年前に登場した工業経済のいずれもが限界に近付きつつある。その原因は人口とエネルギー消費の増加である。直系の祖先である新人(ホモ・サピエンス)が登場した十万年前から、人口は約六○○万人から六○億人と千倍に増加、同一の期間に一人一日あたりのエネルギー消費は二五○○キロカロリーから約二五万キロカロリーへ百倍も増加した。掛算すれば一○万倍になる。
 地球の四六億年の歴史を一年に圧縮してみると、人類の最初の祖先である猿人が登場したのは一二月三一日午後四時であり、農業を開始したのは午後一一時五九分、そして工業経済の契機となった産業革命から現在まではわずか二秒である。このような一瞬でしかない時間に人間は異常に増加したのであるが、それは地球が蓄積してきた資源を異常な速度で消費しつくしているだけではなく、自身が生活している環境さえ破壊しつつある。
 人間が農耕牧畜を拡大してきた過去一万年間で世界の森林面積は半減したが、とりわけ二○世紀の最後の一○年間の消滅は急激で、一億ヘクタール程度消滅した。一日に換算するとゴルフコースで約三五○箇所に相当する面積である。森林火災などによる消滅もあるが、大半は焼畑農業と森林伐採という人為活動によるものである。この速度で消滅していけば約三八億ヘクタール残存している森林は今後四○○年程度で完全に消滅する。
 日本トキが絶滅して話題になったが、現在、生物は一五分間に一種の割合で絶滅している。これは年間に換算すると三万五○○○種類になる。地球に生存している生物の種類は正確には把握されていないが、最小でも五○○○万種程度と推定されている。この速度で消滅していけば、すべての生物が消滅するまでの時間は約一五○○年である。海中に最初の生命が誕生したのは約四○億年前といわれるが、それと比較すれば一瞬である。
 そして大気温度の上昇が絶滅を加速する。過去一○○年で地球の大気温度は○・五度上昇したが、専門の国際機関は今後一○○年で五度以上上昇すると予測している。そうなれば海面は約一メートル上昇し、南海の小島が水没するだけではなく、人類の生活環境は一変する。映画『ザ・デイ・アフター・トゥモロー』の世界である。このような事態の解決は最早手遅れであるという意見もあるが、最善の努力をする必要はある。


百年単位の戦略を必要とする転換

 努力するためには、このような事態に到達した仕組を解明する必要があるが、それは以下のようになる。人間は様々な技術や制度を考案してきたが、その目的は要約すれば生活水準の向上である。農耕に牛馬を使用することから最新の家庭電化製品の利用まで、その努力の実例である。その結果、経済活動は拡大し社会は発展してきたが、それによって資源消費が増大し、環境問題が発生するという循環構造が定着してしまった。
 この循環構造から脱却する必要があるが、簡単な方法は生活水準を向上させないことである。自家用車を使用しない、冷房も暖房も我慢するという生活をすれば、資源消費は減少し環境問題も顕著にならない。しかし問題は、だれもが耐乏生活を希望しないし、経済活動が縮小して現在の社会構造を維持できなくなることである。その証拠に、アメリカは自国の産業維持のために炭酸ガスの削減を目指す京都プロトコルを批准しようとしない。
 そこで考案されたのが、生活水準は向上させ、経済活動も維持するが、資源消費は減少させ、環境問題は抑制するという方向である。これが持続可能な発展という名前の構造改革である。そのような都合のいいことが可能かと疑問になるが、まったくできないわけではない。その可能な方法を以下に説明したいが、それは容易なことではないということを大気温度の上昇を事例にして説明しておきたい。
 現在の地球の温度上昇の原因は大気の炭酸ガス濃度の増大であると推定されている。実際に一八○○年位までは二八○ppmで安定していた炭酸ガス濃度は、わずか二○○年で三六○ppmまで一気に増大した。その最大の原因は、人間が石炭や石油という化石燃料を急速に燃焼させていることである。この濃度をこれ以上増大させないで、最低でも現状維持にすることが地球の温度上昇を阻止する方法である。
 そこで登場したのが炭酸ガスの削減シナリオである。一例として、大気の炭酸ガス濃度を四五○ppmで安定させるためには、人間が放出する炭酸ガスの排出をどのように抑制していけばいいかというシナリオの内容を説明すると、結論は今後一○○年程度で一○○年以前の状態に逆戻りするということである。それでも炭酸ガス濃度は現在の一・三倍程度になるから十分な効果があるかは不明である。
 この目標の達成は容易ではない。一○○年以前の一九○○年頃は自家用車も冷房装置もほとんど利用されていない時代であり、現在の生活様式も社会構造も一変させる必要がある。しかも今後一○○年で人口は一・五倍になるから、一人あたりのエネルギー消費は大幅に減少させなければならない。大変な目標である。それでも解決の努力は必要で人類は挑戦していかなければならない。


最新の技術が提供する解決

 その挑戦の手段は三種に分類できる。第一は技術の挑戦である。元来が技術の発展に起因する危機であるから、技術で解決する。生活水準を低下させずに資源消費を減少する工夫である。第二は制度の挑戦である。この数百年間で構築してきた社会構造を変革することである。そして第三は精神の挑戦である。これまで増大とか拡大を疑問なく正義としてきた精神を変革することである。以下に第一の挑戦を中心に具体方策を紹介していきたい。
 ファクターXという概念がある。松下電器産業は同社が一九九一年に製造した電気冷蔵庫と二○○二年に製造した電気冷蔵庫を比較すると、ファクター五・二になると発表している。これは同一機能の製品の電力消費が五・二分の一、約二○%という意味である。同様に冷暖房装置ではファクター三・一、電気洗濯機ではファクター二・三、白熱電球のソケットに装着できる蛍光電球を使用するとファクター四・一になる。
 さらに飛躍した技術も登場している。最近の交通信号は豆粒のような発光ダイオードを円形に配置した器具に転換されつつある。使用すればファクター一○以上も達成可能である。このような技術の利点は、利用する人々に面倒な手間をかけなくても持続可能な道筋を進行することが可能になることである。最新の家庭電化製品を購入するだけで、同一の生活水準は維持しながら環境への負荷を低減することになる。
 情報通信手段で代替できることは、そちらに転換することも重要である。一例として、インターネットで情報を入手することのできる電子新聞が増加している。国内では数百、世界全体では一万以上の電子新聞が発行されている。これは山奥でも離島でも「どこでも」記事を入手でき、また一日に二回ではなく「いつでも」最新の情報を入手できるということでは生活水準は大幅に向上する。しかも現状では無料である。
 さらに素晴らしいことは、家庭まで一日二回、新聞用紙というモノを配達する既存の新聞に比較して、電子新聞は大幅にエネルギーや資源の消費を減少させることである。厳密な計算によると後者は前者の五%のエネルギーで同量の情報を伝達することができる。そして日本の紙使用量の約一五%にもなる新聞用紙の消費を減少させることにもなる。電子書籍では、一般の書籍に比較してエネルギーは二%程度と計算されている。


社会の構造を改革する解決

 通勤という仕事様式も情報通信手段で変更可能である。現在のオフィスでの仕事の大半は情報処理であるから、情報通信手段を駆使すれば、毎日、混雑した電車で通勤しなくても、自宅で仕事をすることは十分に可能である。これを在宅勤務というが、日本では現在三○○万人近くが在宅勤務になっている。勤務制度を変更して在宅勤務を増大させていけば、通勤に浪費されているエネルギーと時間を大幅に節約できることになる。
 さらに、東京や大阪という少数の地域に経済活動が集中する一方で地方が衰退するという日本社会の構造を改造することにも貢献する。実際、通信だけで仕事のできるコールセンターは急速に那覇や札幌に移転しているし、ウェブデザインやアニメーション製作など情報処理の仕事も全国に分散の傾向にある。このように情報通信による改革は地域社会に新規の役割を付与し、地域の復活に貢献する。
 現在の工業社会の特徴は大量生産・大量消費・大量流通であるが、その結果、社会には膨大な無駄が発生している。日本の食糧供給は約三七五○万トンであるが、そのうち約二○○○万トンは流通過程や最終消費の段階で廃棄されている。世界の年間の食糧援助が約一○○○万トンであるから、この廃棄される無駄がいかに膨大なものであるかが理解できる。この原因は供給と需要が乖離していることである。
 アメリカのカリフォルニアで生産されるレタスやタイの田畑で生産されるトマトは見込生産され日本に輸送されてくるが、それは需要を反映したものではない。その結果、流通や消費の段階で無駄になる。もし、正確な需要を基礎にして生産されるようになれば、このような無駄を縮小することは可能である。地産地消のように、生産と消費の範囲を限定することによっても可能であるが、情報通信によって可能な方法もある。
 世界最大のパーソナル・コンピュータ製造会社はデル・コンピュータであるが、この新興企業が短期で世界の頂点に到達した理由は、完全な受注生産に転換したことである。顧客がインターネットで自分の希望する仕様のコンピュータを発注すると数日で生産して配達してくれる。途中の流通経路が省略されるから価格あたりの性能は抜群である。この供給と需要の直結によって無駄を省略したことがデル・コンピュータ躍進の秘密である。


日本が先導する縮小文明への転換

 これはビジネスとしても重要な戦略であるが、社会全体としては無駄な生産をしないということで重要である。インターネットの利用が世界で約五億人にまで拡大したといわれているが、それらの個人や組織が相互に情報を交換することにより、供給と需要を直結することが可能になる。その結果、個人の希望に対応する多様なモノやサービスを提供するという生活水準の向上を達成しながら環境問題の解決の糸口もつけることになる。
 それをさらに前進させるのがICタグを利用したユビキタス技術である。ユビキタスという言葉そのものは情報通信技術が社会のどこにも遍在することであるが、より重要な意味はヒトとヒトの情報通信だけではなく、モノにICタグを添付することにより、ヒトとモノ、モノとモノの情報通信を可能にすることである。これによって供給と需要の直結構造は一層強固なものに発展させることができる。
 最後に情報通信技術の重要な役割は社会が情報を共有する仕組を構築していくことである。環境への負荷を減少しようと自家用車の利用を遠慮する人々がいる一方で利用する人々が増加すれば効果はない。環境問題は一部の人間の努力で解決できるものではなく、あらゆる人々が協力しなければ解決できないうえ、百年以上の努力が要請される問題である。そのためにも情報共有が重要であり、これが情報通信手段に期待される役割である。
 生物には子孫を増大させる本能が組込まれている。生物である人間も同様であるが、技術を基礎にした文明を次々と発展させる能力を獲得したことにより、その増大が異常になった。二一世紀の最大の課題である環境問題を解決するためには、この増大を前提にした文明を縮小を目指す文明に転換することが必要であり、その最初の手段が情報通信技術である。人間が発明したほとんどの技術は、便益の増大と資源の消費が比例するものであった。しかし、情報技術は便益を増大させても資源の消費を縮小させることのできる最初の技術である。その特性を理解して社会の構造改革を進展させていくことこそIT革命である。
 日本は情報通信技術については世界の先端にある。そして箱庭、盆栽、俳句など極限まで縮小した物理空間に広大な宇宙を想像することのできる文化を創造し維持してきた国家である。また、多神教的な思想により人間と自然を対等に理解することのできる精神をもった数少ない民族でもある。そのような日本は自信をもって縮小文明への方向転換の先頭にたって進行していくことが期待される。






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