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論文

 コロナウイルスの蔓延で「テレワーク」が注目されています。
 テレワークの「テレ」はテレスコープ、テレフォン、テレビジョンなどのテレと同じで、古代ギリシャ語で「遠方」を意味する接頭辞です。
 したがってテレワークは遠方で働くという意味になります。
 これには3種類あり、第一は「モバイルワーク」と言われ、営業担当の社員などが移動中や外出先から、わざわざ会社に戻らず、携帯電話や情報端末を使って会社に連絡して仕事を終える形式です。
 第二は「サテライトオフィス」と言われる形式で、会社に出勤するのではなく、自宅から近い鉄道駅周辺のシェアオフィスなどに出かけて仕事をするものです。
 第三が「在宅勤務」で、自宅に設置したPCなどの情報端末を使用して仕事をしたり、テレビジョン会議をしたりする形式です。

 世界の実情を調べた2018年の調査によると、アメリカは常時ではないにしろ、テレワークを導入している企業が85%になっており、圧倒的に進んでいます。
 次はシンガポールの35%、さらにイギリス、フランス、フィンランドなどが20%前後です。
 日本は5年前くらいまでは11%前後でしたが、少しずつ増加し、2017年に約14%、2018年に19%に上がっています。
 しかし、日本での認知はまだまだで、テレワークを知っているかというアンケート調査では、知っているが35%、聞いたことはあるが意味は知らないが34%、知らないが39%になっています。
 アメリカが非常に高い普及率になっている大きな理由はいくつかありますが、第一は2010年に連邦政府が「テレワーク強化法」を成立させ、政府機関でテレワークを積極的に推進してきたことです。
 これには、交通混雑を緩和して道路の拡張や鉄道の整備などの公共事業を減らす、自動車の利用が減って環境問題の解決に貢献する、庁舎の増設などのオフィス費用を削減する、オフィスを分散することにより2001年の9・11のような事件に対して被害が削減できるなどの背景があります。
 第二に一般企業の就業者には「ジョブ・デスクリプション」という仕組みがあることです。
 雇用されるときに、会社からどのような職業かという職名、仕事の目的、内容、範囲、そのために例えばエクセルのような表計算のソフトウェアが使用できるかというような必要とされる技能、仕事によっては必要となる資格などが明確に規定されて雇用契約するのが普通です。
 したがって、その契約を満たすことができれば、毎日、定時に出勤する必要もないことになります。
 第三はアメリカや欧米諸国には「ホワイトカラー・エクゼンプション」という制度があります。あえて訳せば「頭脳労働者脱時間給制度」ということになりますが、ホワイトカラー労働者には労働基準法に定められている残業手当、最低賃金などの規定を除外するという内容です。
 細かい規定はありますが、管理職や専門職はかなり自由に自分の労働条件を決められるということで、テレワークを選びやすいということになります。
 ホワイトカラー・エクゼンプションは日本では2003年に公布された「労働基準法の一部を改正する法律」の中の「高度プロフェッショナル制度」として実現していますが、なかなか浸透していません。

 その背景にあるのが働くということについての価値観の違いにあるのではないかと思います。
 ユダヤ教とキリスト教の正典とされる「旧約聖書」の「創世記」に「楽園追放」という話があります。
 人類の祖先であるアダムとイブは働く必要のない楽園に生活していたのですが、食べてはいけないとされていた知恵の実を食べてしまったために楽園から追放され、以後、働かなければいけない境遇になってしまったという話です。
 英語で労働を意味する「レーバー」と奴隷を意味する「スレーブ」は同じ語源であることも、これに由来します。
 そこで、その罰から逃れることが人間の目標になり、できる限り働かない境遇を求めることになったのですが、テレワークもその手段になるということです。
 一方、日本は勤労とか勤務という言葉があるように、熱心に仕事をすることが生きがいとする人が多く、会社で仲間と一緒に仕事をすることが楽しいという価値観が生まれてきました。
 それを象徴するのが労働生産性で、2018年のOECDに加盟している36カ国の就業者1人あたりのGDPを比較すると、日本は21位で、アメリカの6割程度でしかありません。
 仕事を効率よく終えて、すぐ退社するよりは、仲間と楽しく過ごすという意識が強いということを反映しています。

 しかし、日本でも少しずつ変化が発生しており、新しいテレワークの形式が登場してきました。
 リモートオフィスやリゾートオフィスという形式です。
 これは文化庁を京都に移転するとか、消費者庁の一部を徳島に移転するという東京一極集中を緩和しようという目的で推進されている例もありますが、軽井沢や南紀白浜にオフィスの一部を移転するというリゾートオフィスが人気です。
 情報処理を中心とする業務は通信回線が整備されていれば、自然環境も豊かな場所の方がいいのではないかという考え方で、企業にとってもオフィス賃料が安くて済むという効果もあります。
 さらに進んだ例は北海道のニセコ、伊豆半島の稲取、長野県の駒ヶ根にオフィスの一部を設けるというものです。
 ニセコはオフィスの目の前でスキーができる、稲取はオフィスの横の露天風呂に入れる、駒ヶ根は登山などの拠点にあるというように、余暇活動に優れた場所というわけです。
 日本人も宗教とは関係なく、働くということについての意識が変わってきており、情報通信技術の浸透とともにコロナウイルスが影響して、労働形態が大きく転換するかもしれません。





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