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論文

 今日は、現在、アフリカの北東部で大問題になっている「蝗害(こうがい)」、バッタの被害について考えてみたいと思います。
 現在、アフリカ大陸の北東部のソマリア、エチオピア、ケニアの一帯でバッタの大群が発生し、農作物に大変な被害をもたらしていますし、先週にはケニアの西隣のウガンダにも飛来しており、さらにエチオピアの西隣の南スーダンにも被害が及ぶと予測されています。
 バッタには数多くの種類が存在しますが、現在、東アフリカに被害をもたらしているのは「サバクトビバッタ」といわれる種類で、1匹の体重は2グラム程度ですが、毎日、体重と同じ程度の食料を食べるので、1億匹が飛来しているとすれば、1日に20万キログラムの穀物を食べ尽くしている計算になります。
 アフリカの1人あたりの1日の穀物消費量は300グラム程度ですから、毎日60万人分の穀物が消滅していることになります。   
 国連食糧農業機関(FAO)は対策を取らなければ、6月までにバッタの数は500倍になると警告しています。
 しかも、バッタの大群は1日に150キロメートルほど移動するのですが、どの方向に飛んでいくかも正確には予測できないので対策も簡単ではありません。
 この地方では4月がマメやトウモロコシの収穫期なので、ソマリア政府は国家非常事態宣言を発令しているほどです。
 このバッタの異常繁殖によるアフリカの被害は20世紀に6回も発生しており、21世紀になってからも2003年から2005年に発生して以来、15、6年ぶりの被害です。

 100年で6回も発生するくらいですから、歴史を振り返れば相当の回数発生していることになり、古くは紀元前13世紀頃に書かれたとされる『旧約聖書』にも登場します。
 「出エジプト記」の中に、主がイスラエルの民を奴隷にしているエジプトを懲らしめるために10の災いをもたらすという話がありますが、その8番目が蝗害で、モーゼが空中に杖を差し出すと東風が吹き、それに乗ってバッタの大群が襲来し、草原に残った草木を食べ尽くし、その後には緑色の草木は1本も残らなかったと書かれています。
 このように書かれているということは、当時から実際にバッタの被害があったということを示しています。
 中国でも蝗害は古くからあり、トノサマバッタによる蝗害は水害と旱魃と並んで三大災害とされています。
 またバッタの漢字は「虫」篇に皇帝の「皇」を右側に加えた文字ですが、蝗害が発生すると皇帝の存亡に関わるほどの被害が発生するので、この文字が作られたという説もあるほどです。
 中国の史書によると、紀元前8世紀から3世紀までの秦や漢の時代には平均すると8年から9年に1回、北宋南宋の時代には3年から4年に1回、途中を省略しますが、比較的最近の清の時代にも2年に1回くらい発生していたとされています。
 アメリカの女性作家パール・バックがノーベル文学賞を受賞することになった小説『大地』(1931)には「空は暗くなり、無数のバッタの羽音で大地が震えた。これに襲われた人々の農作物はすべて食い尽くされていた」と書かれていますが、これは清の時代の実際を描写したものです。

 日本も例外ではなく。古くから蝗害は記録されていますが、それはバッタではなく、イナゴの被害と推定されています。
 ここまで紹介した『旧約聖書』や『大地』の文章ではバッタと紹介しましたが、ほとんどの翻訳ではイナゴとなっています。
 バッタとイナゴは生物の分類では「バッタ目」に属しますが、その下の「科」になると「バッタ科」と「イナゴ科」に分かれています。
 外国の蝗害はバッタ科のサバクトビバッタやトノサマバッタが原因ですが、日本では大半がイナゴによる被害でした。
 しかし、日本でも明治初期の北海道ではトノサマバッタによる蝗害が発生しています。
 明治13(1880)年に十勝あたりで発生して日高山脈を越え、勇払原野から札幌を通ってニセコあたりまで広がり、入植者の家屋の障子紙まで食べていったそうです。
 当時の記録では駆除で捕獲しただけで360億匹だったそうですから、大変な数でした。

 何故、バッタの大群が間欠的に大発生するかは長年、分からなかったのですが、1921年に当時のソビエトの昆虫学者ボリス・ウヴァロフが明らかにしました。
 普段見かけるバッタと集団で飛んできて被害をもたらすバッタとを比べると、後者は羽が長い一方、飛び跳ねる脚も短いし、色も黒っぽいという差がありました。
 そこで当然、別種のバッタと考えられていましたが、ウヴァロフが観察していたところ、集団で飛ぶバッタから普通のバッタも生まれることを発見し、両者は同一の種だということを解明しました。
 そして、定住している普通のバッタが過密状態になり、相互に接触するようになると体の色が黒っぽくなり、一緒に生活する性質が強くなり、最後は大群になって移動し始めるということを明らかにしました。
 大量に移動している時に成虫が産卵すれば、すべて一緒に行動する性質の成虫になり、ますます群れが大きくなっていくという仕組みです。

 このように蝗害を説明してくると、ある生物を思い出します。人間です。
 現在、世界の陸地の3割に相当する40億ヘクタールが森林になっていますが、わずか1万年前には陸地の5割近い62億ヘクタールが森林でした。
 私たちの直系の祖先が20万年前に登場したとすると、直近の5%の時間に森林の35%くらいを人間が食い尽くしてきたことになります。
 鉱物資源も同様で、金は5000年前くらいから掘削されてきましたが、長めに見ても数十年先には枯渇すると推定されています。直近の2%くらいの時間に全滅させようとしていることになります。
 時間軸の長さは違いますが、作物を森林や金鉱に、バッタを人間に置き換えると自然に対して同じようなことをしてきたことになります。
 改めて蝗害が人間と環境の関係を考える契機になればと思います。





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