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論文

 昨年あたりから世界規模で話題になっている「人工肉」についてご紹介したいと思います。
 人工肉には2種類あり、一つは「培養肉」、英語で「カルチャード・ビーフ」といわれる種類です。これは牛肉など本物の肉の細胞を組織培養した肉ですが、現状では高くて商用にはなっていません。
 もう一つが「人工肉」、英語で「アーティフィシャル・ミート」とか「フェイク・ミート」といわれ、植物など動物性蛋白ではない材料を使って、本物の肉のような味覚にしたものです。今日は、この「人工肉」の最近の事情を紹介します。

 これが話題になるのには、いくつかの理由があります。
 第一は今後も世界の人口は増加していきますが、その結果、地球全体でタンパク質の供給が不足するという心配です。
 2013年に国際連合の「食糧農業機関(FAO)」が『食糧危機と昆虫食』という報告書を発表していますが、このまま人口が増加していくと肉や魚だけで必要なタンパク質を供給できないので、昆虫を食糧源にするべきだという内容です。
 流石に昆虫は勘弁してほしいという方々のために、植物のタンパク質を肉のような食材に転換しようというのが「人工肉」開発の背景の一つです。

 第二は世界全体で3人に1人が肥満になっている結果、医療費が増加しています。その主要な原因がジャンクフードといわれる安価な高カロリーの食品の普及にあるので、それを是正していきたいという背景です。

 第三は地球環境問題です。家畜を飼育するためには森林を伐採して牧場にしますが、そのため自然環境が減少していくという問題と、ウシ、ヒツジ、ヤギなどの反芻動物が出すゲップに含まれるメタンガスが地球温暖化の重大な原因になっているという問題です。
 地球温暖化の原因となっている温室効果ガスの65%は二酸化炭素ですが、メタンも16%を占めています。そのメタンの24%が家畜のゲップとオナラだと推計されています。
 16%の24%は全体の4%弱になりますが、メタンは同じ量の二酸化炭素に比べて25倍の温室効果がありますから、人間が食べる肉のために飼育している家畜が地球温暖化に深刻な影響をもたらしていることになるわけです。
 この問題については、アメリカでも話題になっており、先週の10日金曜日にワシントンDCで開かれた抗議活動「ファイア・ドリル・フライデーズ」に参加した俳優ホアキン・フェニックスが逮捕されたことがニュースになっていましたが、彼は観衆に向かって「気候変動のためにできることは温室効果ガスを排出する肉食をやめることだ」と訴えていたそうです。

 このような問題を解決する目的で開発されてきたのが人工肉ですが、以外に古くから存在しています。
 日本には「がんもどき」という食品が古くからあります。僧侶などが肉類を食べられないので、豆腐を潰してレンコンやニンジンなどの細切れを混ぜて油で揚げたもので、「がん」は「カモ」のことです。
 このような精進料理としては「精進うなぎ」も発明されています。これも豆腐と大和芋のすり身を混ぜて油で揚げたものですが、やはりお寺などで食べられていました。

 人工肉は大豆、えんどう豆、ジャガイモ、レンズ豆、マッシュルームなどの植物性タンパク質を主要な原料として、肉のような色つけにはビートを使い、それに味付けをして肉のような食感にしたものです。
 この分野で先行してきたのは2011年にアメリカで創業し、昨年5月にナスダック証券取引所に上場した会社「ビヨンド・ミート」と、やはり2011年に創業し、マイクロソフトの創業者ビル・ゲーツ、世界で10位以内に入る香港の富豪の李嘉誠(りかせい)などが出資して話題になった会社「インポッシブル・フーズ」です。
 アメリカのマクドナルドは昨年9月末からビヨンド・ミートと提携して、人工肉のハンバーガーを一部の店舗で販売していますし、インポッシブル・フーズの人工肉を使った「インポッシブル・バーガー」はアメリカを中心に1万5000以上の飲食店で提供され、スーパーマーケットなどでも販売されています。

 さらに最近になり、一気に登場してきたのが中国です。
 中国は世界最大の豚肉消費国ですが、アメリカとの貿易戦争で豚の飼料にするアメリカ産大豆の価格が高騰、さらに2年前からアフリカ豚コレラが大流行して、1年間で1億頭以上のブタが減ってしまい、豚肉が高騰してきました。
 そこで素早く人工肉に乗り出した企業が登場し、「ライトトリート」という会社は2018年から香港の飲食店に人工肉を納入し、昨年の夏には「珍肉(じぇんみーと)」という会社が創業し、ハンバーガー以外にも小籠包(しょうろんぽう)や担々麺(たんたんめん)や月餅(げっぺい)にも人工肉が使われています。
 現状では普通の豚肉より高価ですが、技術革新で同じ程度の値段になると想定されています。

 昨年は日本でサンマやイカが不漁でした。そこで次の目標として人工の魚肉の研究も始まっていますし、インポッシブル・フーズは企業の長期目標として、現在の市場に出回っているすべての動物性食材を2035年までに植物性の人工食材にするということにしています。
 すでにギャザード・フーズ社は、2018年暮れから植物性ツナの缶詰を商品として販売しているそうです。

 食べてみなくては話にならないということで、大塚食品が昨年6月から発売している「ゼロ・ミート」を食べてみました。
 かつての「豆腐ハンバーグ」と比べれば段違いに肉らしい味ですし、あらかじめ知っていなければ十分に肉を使ったハンバーグと思えるような味でした。
 それでは、これが増加していくかという将来ですが、アメリカでは菜食主義者(ベジタリアン)の比率が2017年に6%、約2000万人になっていますし、ドイツでは10%、イギリスでは3%、オーストラリアでは11%になっており、人工肉の推進役になると思われます。
 それらを元にアメリカの調査会社が食肉のうち人工肉と培養肉の比率の将来予測を発表していますが、5年後の2025年には世界で消費される肉の10%、2030年には28%、2040年には60%になっています。

 しかし、このように拡大していくかどうかは疑問とする意見もあります。
 人工肉にはココナッツオイルやヒマワリ油を使うものがありますが、これによって人工肉には天然肉よりも飽和脂肪酸が多く含まれる製品もあり、心臓血管疾患の発症を高めるという意見もあるからです。
 人間の身体、とりわけ内臓は何万年単位の食習慣に対応していますから、一気に主要な食べ物を変えることに、人間の体が対応できないかもしれず、食品の安全だけではない新しい基準も必要になってくると思います。





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