TOPページへ論文ページへ
論文

 今日は自己修復技術という先端技術分野の状況を紹介させていただきますが、その前座として映画の話です。
 世界の映画の興行収入の1位は2009年公開の3D映画『アヴァター』で2500億円、2位は1997年公開の『タイタニック』で2200億円です。
 参考までに日本映画の興行収入の1位は『千と千尋の神隠し』で308億円ですから桁違いです。
 この2作品の監督はカナダ出身のジェームズ・キャメロンですが、キャメロン監督が世間に知られるようになったのは1984年に公開された『ターミネーター』を監督したことです。
 この興行収入80億円でしたが、人気作品となり、1991年に『ターミネーター2』、2003年に『ターミネーター3』、2009年に『ターミネーター4』が製作され、4作の合計では1400億円を稼ぐ人気作品になりました。
 アーノルド・シュワルツネガーが演ずる「T800」という最初は悪役で登場する主役は、機械的な骨組みを生体組織で覆ったロボットですが、この生体組織は切られても銃撃を受けても再生するという特徴がありました。

 これを自己修復と言いますが、生物にはそのような能力の一部が備わっており、トカゲやヤモリは危険が迫ると自分で尻尾を切りますが、再生する能力がありますし、人間でも切り傷などは自然に修復しています。
 この自己修復能力を人間が作った装置などで実現することは『ターミネーター』が公開された頃には研究目標とはなっていましたが、実用技術はほとんどありませんでした。
 そこで研究が始まりますが、熱心であったのはアメリカの航空宇宙局(NASA)や国防総省(DOD)でした。
 NASAはスペースデブリと言われる宇宙に漂っているゴミが宇宙船に衝突すると、直径数mmのゴミでも宇宙船に弾丸を打ち込んだ程度の穴が空きますが、簡単に修復できないので、宇宙船自体が自動で修復する技術を必要としていました。
 DODは、例えば銃撃で戦闘機の燃料タンクに穴が開くと、これもすぐには補修できませんから、飛行しながら自動で修復する技術が必要でした。

 そのような研究から派生して、実用になっている自己修復技術が次第に登場してきました。
 自動車の車体の表面は洗車や草むらを走った時などには軽い擦り傷がつくことがありますが、自己修復する技術が開発されています。
 ポリウレタンにポリオールという物質を分散させた高分子材料を塗装の上にコーティングしておくと、擦り傷の自己修復が可能になります。
 日本人は自動車の表面のわずかな傷にもうるさいので、この技術は日本で最初に商品化され、これも傷にうるさい日本人を相手に旅行用スーツケースにも使われています。
 最近登場したのは、スマートフォンの表面の強化ガラスの自己修復です。
 韓国のLGエレクトロニクスのスマートフォンのガラスは日常使っている時の擦り傷程度は自己修復する材料がコーティングしてありますが、今年4月にアメリカのカリフォルニア大学の研究チームが開発したのは、最初の大きさの50倍程度に伸びる高分子材料で、落として表面が割れると、材料がどんどん成長して24時間程度で元に戻るという材料です。
 実用になるのは数年後とされていますが、高価な修理代を支払う必要がなくなります。

 トンネルや橋梁などの鉄筋コンクリートは時間とともに収縮して割れ目ができますが、そこから水と空気が内部に侵入し、鉄筋を腐食していきますので、割れ目を防ぐ補修が必要です。
 そこでコンクリートにバクテリアを混入しておくと、そのバクテリアが触媒の役割を果たして水と空気から炭酸カルシウムができ、それが割れ目を防ぐという材料が研究され、オランダのデルフト大学では実験で成功しているそうです。
 日本では高度経済成長時期に道路や橋梁などの社会基盤を大量に建設しましたが、それらの耐用年数が切れはじめ、2012年の笹子トンネルの崩落のような事故が発生しています。
 これから財政も逼迫してきますから、補修も容易ではなくなりますので、自己修復の材料や技術は重要になります。

 壊れても再生するロボットが登場するSF映画はいくつかありますが、先週、ベルギーのブリュッセル自由大学の研究チームが自己修復するロボットを発表しました。
 これはエラストマーという高分子材料を使った柔軟性のある4本の指を持つロボットですが、その指が傷ついた場合、その部分に熱を当てて、しばらくして冷やすと傷口がふさがるという性質を持っています。
 現在は外から熱を当てていますが、ロボット自体が傷ついた部分を発熱させ冷やす能力を持つことは十分可能なので、自己修復も十分に可能です。

 現在の電子機器のほとんどには集積回路のような素子が組み込まれており、これが壊れると、素子自体を交換しないと正常に戻りません。
 しかし人工心臓など身体に埋め込まれた装置の場合は交換するにも手術が必要という大ごとになります。
 そこで現在、研究されているのが、集積回路の中に常温で液体状態の導電性のある金属を100分の1mm程度のカプセルに封入して、あらかじめ集積回路に埋め込んでおき、回路が切断された時には、そのカプセルの内部の金属が切断された場所を埋めて修復するという技術も研究されています。

 自己修復という性能は生物に特有の特徴でしたが、次第に機械装置や電子装置にも拡大してきました。
 いずれ、年とともに失われていく記憶能力も自己修復できるようにならないかと期待している次第です。





designed by BIT RANCH / DEGITAL HOLLYWOOD
produced by Y's STAFF
Copyright(c) Tsukio Yoshio All Rights Reserved.