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論文

 人工知能がもたらす未来を考えてみたいと思います。キーワードは「シンギュラリティ」です。
 昨年は「アルファGO」という人工知能を組み込んだ囲碁のソフトウェアが韓国の世界有数のトップ棋士を破り、今年は中国のこれも世界最強と言われる棋士を破り、世界を驚かせました。
 遡ってみると、チェスでコンピュータが人間の世界チャンピオンに勝ったのが20年前の1997年、オセロも同じ1997年、将棋は2012年に米長永世棋聖に勝ち、騙し合いをするポーカーでさえ、今年1月に人間の名手4人を同時に相手にして全て勝ってしまいました。
 これらは規則のあるゲームですから、コンピュータが強いのも理解できますが、2011年には優勝の賞金額が世界一というアメリカのクイズ番組にコンピュータが出場し、歴代2人の名人と対戦して大差で勝ってしまいました。
 さらに昨年には、東京大学の研究所の医師が病気を特定できない患者のデータを2000万本の医学論文と1500万本の薬剤の論文を覚えているコンピュータに与えたところ、10分で病気の原因になっている6個の遺伝子を特定し、治療薬まで発見したという例もあります。

 このような人工知能の驚異的な進歩が人間の知能を追い抜くというシンギュラリティ理論が登場してきました。
 シンギュラリティは特異点と翻訳され、数学や物理学で使われる概念ですが、現在、話題になっているのは技術的特異点と言われ、人工知能が人間の能力を超える時点のことです。
 その例をロバート・マルサスが220年前に発表した「人口論」で説明したいと思います。
 一定期間に一定の量だけ増える状態を算術級数的と表現します。
 例えば、最初に1だったものが次の期間には2になり、さらに3になり、4、5、6になりという変化です。
 一方、一定期間に一定比率で増える状態を幾何級数的と言います。
 例えば、最初に1だったものが次の期間に2になり、さらに4になり、8、16、32になるという変化です。
 そこでマルサスは、食糧は算術級数的にしか増産されないが、人口は幾何級数的に増えて行くので、いずれ世界は食糧危機になると結論づけたのです。

 同じことが人間の知能の増大と人工知能の能力の増大の関係に当てはまり、いずれ人工知能が人間の知能を上回るという意見が技術的特異点という考えです。
 これはアメリカの天才的科学者と言われるレイ・カーツワイルが2005年に日本語では「ポストヒューマンの誕生」と翻訳された「シンギュラリティは近い」という大部の本で発表した考え方です。
 カーツワイルは高校生の時にコンピュータで作曲した音楽を発表して国際的な賞で1位になり、26歳の時にコンピュータ製造会社を設立、34歳の時にスティービー・ワンダーに「コンピュータを使って楽器の音を再現できないか」と言われて、2年後にシンセサイザーを製造して発売、1990年にはコンピュータがチェスで人間に勝つという時期をほぼ正確に予測などの実績があります。   

 シンギュラリティの考え方を応用して話題になったのは、人間のDNAを解明するヒトゲノム解析が7年かけて1%まで進んだ時に、多くの学者は100%の解明には100倍の700年もかかると考えたのですが、カーツワイルは7年で完了すると予言しました。
 それは解析の速度は毎年倍々で早くなっているから、今後、2%、4%、8%、16%と加速して行き、7年目には完成するという根拠です。
 これば見事に的中し、一躍有名になりました。
 同様にコンピュータの能力の発展を調べてみると、スーパーコンピュータの計算速度は2005年から今年までに680倍も速くなり、平均すると毎年170%の進歩です。
 一方、その期間の世界の人口は1.1倍しか増加しておらず、平均では毎年0.97%でしか増えていません。
 仮に人間の頭脳を1台のコンピュータとすると、その増加はマルサスが人口論で使った算術級数的程度でしか増加しないのに、コンピュータの能力は幾何級数的に増加するので、2045年には人類全体の知的能力が1台のスーパーコンピュータに追い抜かれるというのがカーツワイルの予言です。
 これが最近、2045年問題として話題になっている内容です。

 これから30年後に人間が自分の発明したコンピュータに追い越されるというと、疑問に思われるかもしれませんが、幾何級数的増加というのはすごい勢いだということを示す逸話を紹介したいと思います。
 豊臣秀吉の配下に曽呂利新左衛門という智慧者がいました。秀吉が褒美をやるが何が欲しいかと聞かれた時、今日はコメを1粒、明日は2粒、明後日は4粒と倍々で増やし、100日間下さいと希望しました。
 秀吉は欲ない奴だと了承しましたが、数10日で当時の日本のコメの生産量以上になることがわかり、他の褒美に変えさせたという内容です。

 このような問題にどうのように対処するかは、近い未来の人類の重要な課題ですが、アメリカではカーツワイルや、やはりこの分野で有名なピーター・ディアマンディスが中心になって、2008年にグーグルやシスコシステムズなどの支援でシンギュラリティ・ユニバーシティを設立して教育と研究を開始しています。
 毎回、数百倍の試験で80名程度が合格していますが、若い学生だけではなく、大企業のCEOだった実業家なども参加しています。
 参加費は400万円程度ですが、グーグルや各国の企業が負担しています。
 目的は人工知能、ナノテクノロジー、ゲノム技術などを幾何級数的に発展して行く技術を駆使して、世界が直面している環境問題、食料問題、エネルギー問題などを解決する方法を検討して行くことです。

 当面の獣医不足を解決する大学の設立も政治課題としては重要かもしれませんが、このような長期の見通しに立って地球規模の問題に挑戦して行くことも、日本のような先進国の責務ではないかと思います。





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