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論文

 自由民主党随一の嫌煙家といわれる塩崎恭久(しおざきやすひさ)厚生労働大臣を先頭に厚生労働省が成立を目指してきた「健康増進法改正法案」は自民党内での調整ができず、今国会では採決どころか提出もできそうにない状況になってきました。
 平成15(2003)年5月1日に施行された「健康増進法」の第5章第2節は「受動喫煙の防止」となっており、「学校、体育館、病院、(途中省略)事務所、官公庁施設、飲食店その他の多数の者が利用する施設を管理するものは、これらを利用する者について、受動喫煙を防止するために必要な措置を講ずるように努めなければならない」とだけ書かれ、措置の内容や罰則などはありませんでした。
 そこで昨年10月に塩崎大臣が「飲食店内は原則禁煙」という強硬な改正を提案したため、中小の飲食店を支援者にもつ議員たちが猛反発しました。
 仕方なく、妥協案として病院や学校は敷地内禁煙、福祉施設や公的機関は屋内禁煙、飲食店や娯楽施設は分煙、バーやスナックなどの小規模店は規制の対象外としましたが、それでも約280人の国会議員が所属する「たばこ議員連盟」は強硬に反対し、現在のような膠着状況になったという経緯です。

 ところが最近、さらに強烈な提案をした政治家が登場しました。
 小池百合子東京都知事が5月25日の記者会見で、地域政党「都民ファーストの会」は受動喫煙防止を東京都の条例とすることを公約にすると発表しました。
 それは結構としても、さらに子供のいる家庭内でも禁煙を目指すと発言したので、これも騒ぎになっています。
 しかし、オーストラリアでは子供を乗せた自家用車内は禁煙で、違反には罰則もありますから、大袈裟とも言えません。

 私の子供時代は父親がヘビースモーカーだったので、あまり気にならなかったのですが、50代になった時、アメリカで入院するほど体調が悪くなり、ロサンゼルスから東京までビジネスクラスの禁煙席に乗ったのですが、何と通路を挟んで右側が禁煙、左側が喫煙という現在では考えられない仕組みでした。
 しかも通路を挟んだ隣の喫煙席の夫婦がチェーンスモーカーで、10数時間、むせながら帰国した経験から、禁煙は必要だと思うようになりました。

 番組を聞いておられる方々にも賛否両論あると思いますので、そのような個人的経験は別にして、客観的な事実をご紹介したいと思います。
 西欧社会での喫煙の歴史はコロンブスが新大陸から梅毒とともにタバコを持ち帰ったときから始まったという説が多いのですが、金銀財宝を目指して危険な航海を敢行したコロンブスにとって、先住民族がくれたタバコの葉などは枯葉同然ですから興味はなく、捨ててしまったという説もあります。
 したがって、ヨーロッパにタバコが持ち込まれたのは、もう100年ほど後のことのようです。
 しかし、先住民族の世界では数千年前からタバコは宗教や医療の目的で使われており、私がアメリカのナヴァホ族を訪問した時には、祈祷師が病気の人にタバコを吸わせて治療していました。

 そのタバコを国家として最初に禁煙にしたのはナチス・ドイツの時代だという説を根拠に、禁煙を推進するのは独裁国家だという意見もありますが、分かっているだけでも1575年にメキシコで禁煙条例が出され、オスマン帝国も1633年に喫煙を禁止しており、日本でも火事の原因になるという理由で、徳川幕府は慶長14(1609)年に禁止令を出しています。

 しかし最近、世界で禁煙が急速に広まってきたのは、1988年に国際連合世界保健機関(WHO)が5月31日を「世界禁煙デー」にすることを定めたことが影響しています。
 根拠は世界で6人に1人の10億人以上が喫煙し、その影響で最近では年間700万人が死亡し、この傾向で進めば2030年には1000万人になるということです。
 その結果、2004年のアイルランドを最初にして、2005年にブータン、スウェーデン、2007年にイギリス、デンマーク、香港、2008年にフランス、オランダ、ルーマニア、2010年に韓国などで、規制の程度は様々ですが、喫煙が規制され、アメリカでもニューヨーク州、カリフォルニア州など22州でレストランやバーは全面禁煙になっています。
 そのような効果で、2014年時点で公共の場所すべてを屋内禁煙にしている国は49カ国にもなっています。

 そのWHOが世界の主要16カ国について、官公庁、医療施設、教育施設、文化施設、鉄道、飛行機、バス、タクシー、レストラン、バーなど17の施設について禁煙制度の状況を調べた結果、ほとんどの国が自家用車内を除いては禁煙、もしくは一部禁煙になっていますが、日本だけが飛行機内を除いては法律で規制していない国になっており、4段階の評価基準で最低の評価になっています。
 現在、塩崎大臣や厚生労働省が2020年の東京五輪大会を目指して受動喫煙防止に動いているのは、2008年の北京大会、12年のロンドン大会、16年のリオデジャネイロ大会、来年の平昌(ぴょんちゃん)冬季大会でも、法律を制定して喫煙禁止にしているのに、東京大会だけが法律がない大会になりそうだという背景もあります。
 さらにWHOが受動喫煙防止を推進しているのは損害が無視できないからです。
 喫煙が原因の死者数は世界全体で年間700万人になり、そのための医療費や健康であれば働ける人が働けない損失を計算すると155兆円になると計算されています。これは世界のGDPの合計の2%に相当します。
 しかも、喫煙人口10億人のうち低・中所得国に8億6000万人が集中しており、それらの人々は所得の10%以上をタバコの購入に使っているため、食事や教育が貧困になるということも指摘されています。

 日本についても医療経済研究機構の計算した数字が発表されていますが、喫煙が原因で病気になった人の医療費が1兆2900億円、受動喫煙で病気になる人の医療費が146億円、病気になって働けないための逸失損失が5兆8000億円、火災による損失が2200億円で、合計7兆3000億円になっています。
 一方、収入は税収を中心として3兆1000億円ですから、差引き4兆2000億円の赤字になります。

 2019年のラグビーワールドカップや2020年のオリンピック大会を開く目的の1つは魅力ある日本を知ってもらうことですが、禁煙について世界の趨勢から離れた最低評価の日本のままで魅力ある日本になるかどうかは、地元の票のために反対しておられる「たばこ議員連盟」の議員にも再考してほしいと思います。





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