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論文

 トランプ政権が先週(16日)、今年10月からの2018会計年度の予算方針を発表しました。
 議会で承認されなければ提案の通りにはなりませんが、従来の路線から大幅な変更を提案しています。
 主要な変更は、国防総省に割当てる国防予算を昨年より10%増、国土安全保障省の予算を7%増の一方、財源を捻出するために削減されたのが環境保護局の予算の31%減、外交や国際協力を行なう国務省の予算の29%減などとなっています。
 この7%増加した国土安全保障省の予算の中にはメキシコとの国境に壁を建設する費用として約3000億円が含まれています。
 メキシコとの国境の延長は3141kmですが、壁を建設する部分は約2000kmです。
 国土安全保障省は、その費用を2兆5000億円、3年で実現と見積もっていますが、アメリカの大学MITは昨年10月に3兆円から4兆5000億円と計算しており、トランプ大統領の第1期の任期中には到底実現しない規模です。

 このような壁は長城、英語ではグレート・ウォールと呼ばれますが、歴史の中で、周辺の国々や民族との間に築かれた例は数多くあります。
 日本でも、7世紀から11世紀に大和朝廷が周辺を民族からの襲撃を防御するための「城柵(じょうさく)」を東北地方に築いており、宮城県の多賀城、岩手県の志波(しわ)城などの遺跡が残っています。

 世界の歴史に残る有名なグレート・ウォールは2カ所にあり、その建設の経緯と影響を紹介したいと思います。
 第一は古代ローマ帝国が紀元2世紀にグレートブリテン島の現在のイングランドとスコットランドとの境界に建設した「ハドリアヌスの長城」と「アントニヌスの長城」です。
 これは両方とも大西洋側から北海側まで完全に横断する石造の城壁で、前者が118km、後者が60kmの延長で、いずれも世界遺産に登録されています。
 名古屋から日本海側の敦賀までが約100kmですから、規模が想像できると思います。
 ローマは共和制時代の紀元前1世紀にカエサルがヨーロッパ全域に生活していた先住民族を征服しはじめ、紀元前40年代にはローマ軍団がグレートブリテン島にまで到達します。
 その後100年以上かけて北上し、西暦80年代には当時はカレドニアと呼ばれていた現在のスコットランドの南側まで到達し、ケルト人とかピクト人と言われる先住民族をグレートブリテン島の北端に追いつめます。
 当然、それらの人々は反撃して来ますので、それを防ぐために築いたのが2つの城壁でした。
 そのときに環境破壊が発生したのです。
 地球の最終氷期が1万年前くらいに終わって現在に続く間氷期に入って、カレドニア地域は森林地帯になりますが、現在、スコットランドの森林は面積全体の20%弱しか残っていません。
 その原因の一つが長城の北側の森林に紛れてケルト人が反撃してくることを早目に発見するために、森林を大規模に伐採したからだと言われています。
 実際に長城の周辺は現在でも草原です。これは牧畜や農耕のため農地にしたという理由もありますが、ローマ人が大量に伐採した影響です。

 同様のことを、何百倍も大規模に行なったのが万里の長城です。
 中原(ちゅうげん)と言われる黄河下流域に中国の歴代の国家が創設されますが、いつの時代も周辺の民族から襲撃されていました。
 それを防ぐために中原の北側に城壁を作ったのです。
 紀元前4世紀の「周」の時代から始まり、紀元前3世紀の「秦」、さらに「漢」の時代にも作り続けられますが、大規模に建設と修復がおこなわれたのは15世紀前半の明の第三代皇帝永楽帝のときです。
 現在、残っているのは6260kmですが、最長の時代には3倍以上の2万1200kmにもなりました。
 ここで発生した環境問題がローマ帝国の建設した長城と同様の森林破壊です。
 スコットランドの城壁は石積でしたが、万里の長城は煉瓦を積上げたので、それを焼くために周辺の森林を伐採し、さらに長城に駐在する兵士の日常生活の燃料も木材であったため、広大な面積の森林が消滅したと言われます。
 30年ほど前に北京から近い「八達嶺(はったつれい)」の万里の長城を真冬に見物しましたが、長城に登って外側を眺めると真白な砂漠で異質の世界でした。
 最近では植林が進んでいるようですが、万里の長城による環境への影響を実感しました。

 第三がトランプの長城ですが、これは鉄材で作るので、森林破壊は発生しませんが、より広大な地球環境への影響が発生するかも知れません。
 トランプ大統領自身が選挙期間中に、オバマ大統領のときに参加を決定した気候変動抑制を目指す「パリ協定」から離脱すると表明していますし、トランプ政権の環境保護局長官に就任したスコット・プルイット氏は地球温暖化に懐疑的であるうえに、これまで石油や石炭の業界と関係が深く多額の献金を受けており、前職のオクラホマ州司法長官時代には、オバマ大統領が推進した石炭火力発電所規制に反対してきた人物です。
 そして今回、予算の31%の削減を受けて、環境保護局の事業を50以上廃止し、職員の3200人削減することを表明しています
 アメリカの二酸化炭素排出量は中国の29%に次ぐ16%で世界2位であり、一人あたりでは日本の2倍近いダントツの1位です。
 アメリカは1997年に締約された京都議定書も、これを実行するとアメリカ経済の成長の足枷になるという身勝手な理由で2001年に脱退していますが、今回もまたかということです。
 世界三大長城のうち最初の2カ所の建設で発生した環境破壊が地域に限定された些細なことに見えるほど、第三の長城は世界規模の環境破壊に繋がっているのです。
 様々な形でアメリカに意見を伝えるべきだと思います。





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