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論文

 今日は日本雑穀協会が定めた「雑穀の日」です。
 理由は他愛のない語呂合わせで、3月9日なので、やや無理がありますが、雑穀に絡めているわけです。
 そこで、そのような特別の日を定めるほど雑穀に価値があるのかを考えてみたいと思いますが、最初に食糧のなかで雑穀の地位を検討してみます。
 生物学では植物を高等植物と下等植物に分けていますが、高等植物とは根と茎と葉があり、それらが維管束という管で繋がっている植物で、地球には約30万種が存在していると推定されています。
 下等植物とは菌類や藻類が該当し、菌類が8万種、藻類が3万種ほどと推定されています。
 30万種の高等植物のうち人間が食糧や資源として利用している種類は10%の3万種程度、さらに調査などによって詳細が分かっている種類が、その10%の3000種類、人間が栄養源としている主要な植物は30種類で、その中の3種類である、コメ、コムギ、トウモロコシが三大穀物です。
 種類だけからすれば、高等植物全体の0.001%の3種類に大きく依存して人間は生きていることになります。

 2010年の統計で、世界の穀物生産は24億トンですが、トウモロコシが35%の8億5000万トン、コメが28%の6億7000万トン、コムギが27%の6億5000万トンで、これら三大穀物を合計すると90%になり、残りが雑穀ということになります。
 雑穀の中で生産量の多い種類は、ビール醸造の麦芽に使われるオオムギが5.1%、アジアやアフリカで栽培されているモロコシが2.3%、かつてはスコットランドの主食であったエンバクが0.8%、同様に北欧やドイツの主食であったライムギが0.5%、日本人が好きなソバが0.1%などとなっています。
 穀類ではありませんが、世界各地で主食の一部になっているジャガイモの生産量は4億トンほどで、三大穀物に次ぐ食料になっています。

 ここから本題ですが、なぜ雑穀が注目されるかということです。
 初期の農業は、それぞれの地域の土壌や気候風土に適合した作物を生育してきましたが、農耕技術の進歩や品種の改良によって、それほど適合しない作物も生産できるようにしてきました。
 現在、北海道のコメの生産量は、毎年、新潟県と1位を争っていますし、味覚でも日本穀物検定協会が審査する昨年の順位で、最上級の「特A」は42銘柄あり、コシヒカリは19地区で「特A」となっていますが、北海道では独自の銘柄「ななつぼし」「ゆめぴりか」「ふっくりんこ」が「特A」となっています。
 しかし、明治初期、北海道開拓使の御雇外国人として来日したホーレス・ケプロンの指導により、北海道は稲作に向かないという理由で、稲作を禁止し、小麦の栽培を推奨していました。
 ところが1910年から農業研究機関の努力により寒冷地に適した品種の開発がおこなわれ、北緯44度45分の北海道遠別町が水稲栽培としては世界最北を記録し、それ以後の努力で「特A」のコメが生産されるようになったのです。

 これは良いことですが、一方で地域の伝統食材が失われ、食事の多様性が消えていくことにもなっています。
 農耕が始まる以前、人々は1500種類以上の野生の植物を採集して食べていたと推定されていますが、農耕が始まってから500種類くらいに減り、農業が大規模になるにつれて80種類くらいになり、現在では主要な栽培作物は30種類程度になってしまっています。

 日本には「五穀豊穣」という言葉があり、『日本書紀』ではコメ、ムギ、アワ、ヒエ、マメを五穀としており、日本でも1900年には「アワ」の作付面積が25万ヘクタール、「ヒエ」が7万ヘクタール、「キビ」が4万ヘクタールありましたが、現在ではほぼゼロになっています。
 これは食事の多様性を減らす一方、農業の脆弱性を増すことになります。
 地球の大気温度が上昇傾向にありますが、2060年代になって、もし気温が3度上昇したら、北海道ではコメの収量が13%増加する一方、本州以南では15%減少するという推定を農林水産省が発表しています。
 この通りになれば、日本全体では100万トン以上の減収になります。

 世界でもアメリカのコムギの生産能力が低下する一方、カナダやロシアでは春に播いて秋に収穫する春小麦だけではなく、秋に播いて夏に収穫する冬小麦も可能になり、世界の産地の勢力図が変わることになります。
 実際、カナダのアメリカ国境に接するアルバータ州、サスカチュワン州、マニトバ州の農地が値上がりしはじめているそうです。

 もう一つの雑穀の重要な特徴は多様な栄養分を含んでいることです。
 「アワ」にはポリフェノール、パントテン酸、ビタミンE、カリウム、鉄分などが含まれていますし、「ヒエ」には善玉コレステロールを高める作用があり、ビタミンB6、ナイアシン、カリウム、リン、亜鉛などが含まれています。

 4年前の1月に、2013年は国際連合が制定した「国際キノア年」だということを紹介させていただきました。
 「キノア」という雑穀は南米のアンデス山脈の高地を原産とする1年生草本で、その房につく種を脱穀して食べるのですが、寒くて雨の少ない痩せた土地でも栽培可能で、蛋白質、アミノ酸、カルシウム、鉄分が多く含まれ、コレステロールを低下させる効果もあるとされています。
 またグルテンを含まないので、小麦アレルギーがある人でも安心して食べることが可能です。
 1990年代にアメリカ航空宇宙局(NASA)が将来の宇宙での食糧を研究したときに理想の食材として選定し、21世紀の主要な食糧になると期待している雑穀です。
 現在、世界では19万トンと雑穀のうちの0.7%しか生産されていませんが、丁度1ヶ月前の2月9日にサウジアラビア・アブドラ王子科学技術大学のマーク・テスター教授が中心になって、キノアのゲノム情報を完全に解読したという情報もあり、世界の飢餓問題の解決にも期待されている作物です。

 産業革命以来、画一生産の商品が世界を席巻する時代になってきました。
 それは安価で良質の商品が人々に供給されるという点では素晴らしかったのですが、一方で、環境が激変する時代には脆弱な構造にもなっています。
 雑穀という注目されてこなかった穀物の記念日が、多様という視点で社会を見直す契機になればと思います。





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