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論文

 10日前(13日)の金正男(きむじょんなむ)氏の暗殺は人通りの多い公共の場所での事件で驚きましたが、もう一つ驚いたのは、実行した2人の女性が短時間で特定され、逮捕されたことでした。
 それに貢献したのが監視カメラとか防犯カメラと呼ばれるテレビカメラの映像ですが、空港に設置してあるのは当然としても、女性が宿泊していた3カ所のホテルのチェックインカウンターでもすべて撮影されていました。
 これ以外にも、昨年12月に大阪のJRの新今宮駅で女性2人をホームで突き飛ばし、1人が線路に転落した事件が発生したときに、駅の防犯カメラの映像から2日後に容疑者を確保したという例もあるなど、防犯カメラが犯人逮捕に貢献している例は頻繁にあります。

 それは犯罪が急増している社会を反映して、防犯カメラの設置台数が急増しているからです。
 2010年には世界全体で監視カメラの販売台数は1700万台でしたが、2015年には2800万台になり、日本でも2010年には28万台でしたが、2015年には59万台と2倍以上になっています。
 当然、累積台数も増加し、日本では500万台程度が設置されていると推定されていますし、世界では何億台という数になります。
 このような状態の社会では、都会を一日歩いていると、200回から300回は撮影されているという計算もあります。

 このような監視社会には拒否反応が強いのではないかと思いますが、意外な数字があります。
 三菱電機ビルテクノサービスが2014年に1万人を対象におこなったアンケート調査で「防犯カメラが設置されていると安心しますか」という質問について、「安心する」という人が81%になっています。
 これはもっともだと思いますが、「自分の行動も記録されていることについては気になりませんか」という質問についても「気にならない」という人が57%で半分以上になっています。

 2013年にアメリカの諜報機関で働いていたエドワード・スノーデンが、アメリカが世界を監視している実態を暴露するという事件が発生したとき、イギリスのウィリアム・ヘイグ外務大臣が国民を安心させるため「隠すことがなければ恐れることは何もない」と発言し問題になったことがあります。
 先の調査で気にならないと答えた57%の人は清廉潔白で隠すことはないという自信があるのかも知れませんが、実は防犯カメラをはるかに超える監視社会が着々と進行しているのです。
 例えば、携帯電話を使っていると、その携帯電話が存在している位置は把握されています。
 携帯電話は初期には英語で「セルラーフォン」と言っていました。
 これは地域を一定面積の区画(セル)に分けて基地局を置き、そこと携帯電話とが通信して遠方の携帯電話に接続する仕組だからです。
 したがって、どの番号の携帯電話が何処にあるかは数百メートルのセル単位で把握されており、その状態も記録されています。
 さらにスマートフォンになると、GPSセンサーが内蔵されており、10メートル以下の精度で位置を確定することができます。
 もちろん、その能力を利用して、道案内をしてくれたり、自分の居る場所の天気予報を表示してくれたり、付近にあるレストランを紹介するなどのサービスが受けられますが、複数の携帯電話の位置を判定すれば、誰と一緒にいるのかも推定されてしまいます。
 電源を切っておけばいいと思われるかも知れませんが、遠隔操作で気付かれないように電源を入れる技術も存在しています。

 最新の自動車では、その走行している位置はもちろん、どこでアクセルを踏み、ブレーキをかけ、ハンドルを切ったかもすべて送信しています。
 それを利用して空いている経路を案内してくれるという恩恵もありますし、事故になったとき自分の責任ではないことを証明する情報にもなりますが、一方で知られたくない場所に行ったことも把握されてしまっていることになります。

 ネットショッピングをすると、買物履歴がすべて記録されますし、ポイントカードを使用して買物をすると、わずかな見返りはありますが、買物の内容が記録されてしまいます。
 それを家計簿の代わりにする便利なアプリもありますが、ビッグデータ技術を駆使して買物の内容を複合判断し、その人が妊娠しているとか、最近、離婚したということまで推測することも可能になり、そのような商品の案内が到着することにもなってしまいます。

 グーグルのGメールのアカウントは無料で取得できますが、そのアカウントでの送受信の内容はグーグルのサーバーに記録されてしまいます。
 2010年に、当時、グーグルのCEOであったエリック・シュミットが「我々はあなたが何処にいるかを知っているし、これまで何処にいたかも知っている。さらに、いま何を考えているかも大体知っている」と発言して問題になったことがありますが、実行するかしないかは別にして、技術としては可能です。
 アマゾンで書籍を買っても、キンドルで電子書籍を読んでも、電子新聞で記事を読んでも、すべて記録されており、プライバシーは急速に減っていきます。
 簡単に言えば、情報社会ではプライバシーと引き換えに便利さを得ているということになります。
 すでに1999年に、サンマイクロシステムズのCEOであったスコット・マクネリーは「いずれにせよプライバシーはゼロだ。それを前提に行動するしかない」と喝破しています。
 ジョージ・オーウェルが70年近く前に警告した『1984』の世界にならない心構えが必要だと思います。





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