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論文

 最近「デュアルユース・テクノロジー」という言葉が話題になっています。
 日本語では「軍民両用技術」と表現されますが、民生技術が軍事技術に転用されたり、その反対に軍事技術が民生技術に転用されることを意味します。
 これが最近、話題になっているのは、昨年、防衛装備庁が「安全保障技術研究推進制度」という新しい競争的資金制度を始めたとことです。
 競争的資金制度とは、主催者が大略の開発目標を設定し、それに応募した組織の中から適合する組織を選んで研究資金を提供するという仕組です。
 これは大学、独立行政法人の研究機関、企業を対象に、自衛隊の装備品に適用される可能性のある独創的な研究を育成する目的です。
 27年度は3億円、今年度は6億円ですが、来年度の概算要求は110億円になっているようですから、大きな研究資金になっていくと思います。

 今年度採択された例をいくつか紹介しますと、どのような内容を目指しているかが分かると思います。
 今年度は10件が採択されていますが、「海中での長距離・大容量伝送が可能な小型・広帯域海中アンテナの研究」「海生生物の高速泳動を真似る水中移動体の高速化バブルコーティング」というような課題です。
 分かりにくいと思いますが、潜水艦にとって重要な技術です。

 この制度が実現したことを契機に、今年5月に日本学術会議が「安全保障と学術に関する検討委員会」を発足させたことも、社会が軍民両用技術に関心をもつことに影響しています。
 日本学術会議は1950年と1967年に「戦争を目的とした科学の研究はおこなわない」という声明を出しているので、それに対して変化が起こるかに関心を持たれている訳です。

 軍民両用のうちでも、軍事技術を民生技術に転換することには抵抗が少ないと思います。
 いくつか例を挙げますと、現在の食品保存に無くてはならない「缶詰」は軍事技術として開発されたものです。
 ナポレオンは各地に遠征していましたが、悩みの種が食料を腐らないように補給することでした。
 そこでフランス人が1804年に瓶詰めを発明しますが、重くて、しかも割れ易いという欠点がありました。
 それを解決するために1810年にイギリス人が現在のような金属性の缶詰を発明したのです。
 当初は殺菌方法が不完全で内部の食品が発酵して缶が爆発する事故や、密封するハンダの鉛によって中毒死する事故もありましたが、現在では食品保存に欠かせない技術になっています。

 現在の情報生活に無くてはならないコンピュータ、インターネット、GPSも軍事技術として開発されたものです。
 世界最初のコンピュータとされるENIACは、アメリカ陸軍の要請で大砲の弾道を計算するために開発されましたが、そこから一般にも利用されるコンピュータへと繋がっていったという歴史があります。
 インターネットの起源は先月も御紹介しましたが、ソビエトの核弾頭がアメリカ上空で炸裂しても通信ができるように1960年代に開発された技術で、当初は一般に解放されませんでしたが、1980年代末頃から民間でも使用できるようになりました。
 GPSもアメリカの軍用機や軍艦などが、世界の何処にいても自分の位置を確認できるために開発され、当初は軍用にしか利用できませんでしたが、1983年9月に大韓航空機がソビエトの領空を侵犯して撃墜された事件を契機に民間でも利用できるように解放されました。
 電子レンジも軍事製品製造会社のレイセオンがマイクロ波発生装置の実験をしていたとき、マイクロ波が物を加熱する現象に気付き、製品にしたものです。

 これらは納得されやすいと思いますが、反対に民生技術が軍事技術に転用される場合には複雑な場合が登場します。
 ベトナム戦争のときにアメリカ軍が使用していた「ウォールアイ」というスマート爆弾は、爆弾の先頭に埋め込まれたテレビカメラの画像を、上空の飛行機の兵士が見ながら誘導して目標を爆撃するという爆弾ですが、このテレビカメラがソニー製だということで話題になったことがあります。
 カーボンファイバーが登場した初期に、日本ではゴルフクラブのシャフトや釣竿に使われていましたが、次第に軍用機の機体に使われるようになっていますし、トリエタノラミンという化学物質はシャンプーに使われていますが、化学兵器の原料にもなります。

 このような民生素材は大量に生産されますから安いので、兵器の生産に使用されますが、テレビカメラや素材や電子部品を開発する研究機関や生産する会社がけしからんということにはなりませんし、ましてや兵器に転用の可能性があるから基礎研究を控えるということは国の技術力を弱めかねません。

 料理のための庖丁も殺人に使用されるように、技術は利用方法次第ですから、まず基礎となる技術の開発が重要です。
 それが不透明な形で攻撃用の軍事技術に転用されないためには、研究成果や、その特許を速やかに公開する体制を整備するなどして、それ以上に、研究を制約しないことが重要です。
 その理由は、研究内容の制約を厳しくすれば、優秀な研究者がアメリカなどの海外へ流出する可能性があるからです。
 東京大学の助手などが設立したシャフトという会社は、日本のベンチャー資金が援助してくれないので、アメリカの軍事研究を管理しているDARPAという組織から研究資金を得て、そのDARPAのロボット開発競技で一位になり、さらに研究資金を潤沢に提供してくれるグーグルの傘下に入り、結局、何人もの優秀な若者がアメリカで研究することになっています。
 このような優秀な人材の流出が日本にとって最大の損失ですから、自由に研究できる社会を構築していくことと、その軍事利用に歯止めをかける仕組の整備が長期的に重要だと思います。





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