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論文

 最近、ビジネスの世界で「インクルージョン」という言葉が流行するようになりました。
 含むという意味の「インクルード」の名詞で、日本語では「包含」「包括」などと翻訳されています。
 これは企業などに人種、国籍、性別、年代、学歴、出身地、障害の有無など、様々な背景を持つ人々を取り込むという意味ですが、それであれば「ダイバーシティ」と同じではないかと思われる方も多いと思います。
 これは多様なという意味の形容詞「ダイバース」の名詞で、「多様性」と翻訳されますが、やはり人種、国籍、性別、学歴、出身地など、様々な背景を持つ人々を企業などの組織に取り込むという意味です。
 どこが違うのかというと、ダイバーシティは様々な人々を雇用するのですが、それぞれの人の特徴を発揮させるような仕事を与える組織になっていない場合が多いのです。
 アメリカでは1980年代から役所など公的機関でダイバーシティを取り入れてこようしていましたが、私が30年ほど前にアメリカの政府機関を訪問して、受付の黒人の女性に訪問先や用件を伝えたのですが、まったく要領を得ませんでした。
 そうしたら隣に座っていた女性が代わって取り次いでくれた経験があります。
つまり数合わせのために能力に関係なくダイバーシティを実現しても、役に立つどころか費用が余分にかかるような状態だったのです。
 しかし、インクルージョンは「参加」とも翻訳されるように、採用段階から多様な人材それぞれにどのような仕事をしてもらうかを決め、組織の運営に参加してもらうように配慮しています。
 そのため、大きな企業ではダイバーシティ・アンド・インクルージョン・オフィサーという役職まで置いています。

 このような動きは1970年代にフランスで教育分野から始まり、80年代になってアメリカでも教育分野で始まりました。
 単純に人種や学力の程度に応じた内容を教育するだけではなく、様々な生徒が協力しあって授業を受けるという制度ができ、そこから次第に企業にも広がっていったという経緯があります。
 それが世界規模に広がったのが、2006年12月に国際連合の総会で採択された「障害者の権利に関する条約」です。
 この時に作られた「私たち抜きに私たちのことを決めないで(Nothing about us without us!)」というスローガンが条約の意義を端的に表しています。
 そのような背景から、2015年に国際連合サミットで採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」の17の目標の中にも、インクルージョンを反映した項目がいくつもあります。
 4番の「質の高い教育をすべてに」、5番の「ジェンダー平等を実現しよう」、8番の「働きがいも経済成長も」などとともに、まとめの17番の「パートナーシップで目標を達成しよう」はインクルージョンそのものです。

 問題は、このような世界の動向に日本が出遅れていることです。
 まず2006年に採択された「障害者の権利に関する条約」は2008年までに中国やサウジアラビを含む20カ国が批准していますし、欧州連合(EU)も2010年に27カ国全体で批准していますが、日本は2013年にようやく批准しました。かなり出遅れたのです。
 さらなる問題は日本の社会情勢がダイバーシティやインクルージョンの後進国だということです。
 いくつかの統計があります。今年1月時点で国会議員の女性比率は世界平均が24%ですが、日本は10%で193カ国中165番、大臣の女性比率は5%で171番という状態です。
 企業においても女性の重役比率は世界の42番、管理職比率は96番、様々な統計を総合した男女平等指数は110番というのが日本の現状です。
 さらに直接、世界各国の教育体制や企業組織のインクルージョンを測定した順位がいくつかあります。
 そもそもインクルージョンが始まった教育分野について、知的障害のある子供、視覚障害のある子供、第一言語が母国語ではない子供、先住民の子供など、25種類の障害について、対応する教育があるかを世界の9カ国について調べた結果がありますが、カナダ25項目すべてについてインクルーシブ教育をしていますが、ドイツ、イタリア、フランスは18項目で、日本は17項目です。
 企業の経営がインクルージョンに対応しているかについては、今年、電通が世界24カ国を対象に調査した結果があります。インクルージョンについては1位がデンマーク、2位がフィンランド、3位がイギリスなどですが、日本は最下位です。
 同じく今年、電通と同じようなイギリスの広告会社カンターが世界の14カ国についてインクルージョンを取り入れている会社の比率を調べた調査では、1位がカナダ、2位がアメリカ、3位がドイツで、日本は残念ながら11位です。   
 これらの指標の間には密接な関係があり、企業のインクルージョン順位が高いデンマークは男女平等指数で13位、フィンランドは2位、イギリスは15位、カナダは16位で、日本は先ほど紹介したように110位ですから、性別だけではなく、民族、人種、LGBTなどの社会問題にどれだけ早くから取り組んできた歴史を反映していると思います。

 最後に、インクルージョンがなぜ重要かを考えてみたいと思います。
 わかりやすい例は合金ではないかと思います。
 鉄は地球に豊富に存在する金属ですが、純粋の鉄は湿度が高い空間では錆びやすいという欠点があります。しかし、クロムやニッケルとの合金であるステンレス鋼にすると、鉄の性質はほぼ維持したまま錆びにくくなります。
 今年のラグビーワールドカップで活躍した日本チームもインクルージョンを象徴しています。
 コーチもキャプテンもニュージーランド出身で、31名の選手のうち日本人は半分程度でしたが、全員でワンチームという強力な合金になったために決勝リーグにまで進出できました。
 社会も企業も海外の国々や人々と密接な関係の中で活躍していく時代になると、多様な人々で構成されるインクルーシブな組織はますます重要な存在になり、日本も単純に色々な人材で構成されているダイバーシティ組織ではなく、それらが密接に関係したインクルーシブな組織になっていくことが必要な時代だと思います。





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