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論文

 先週は北海道のニセコで大変化が発生しているということを紹介させていただきましたが、北海道の釧路でも大変化が発生しているというので、先週末、急遽、釧路に調査に行ってきました。
 釧路といえば釧路湿原ですが、釧路の友人から釧路湿原が海のようになっているという連絡が来たので、急いで行ってきたということです。
 釧路湿原は湿地を保存するラムサール条約という国際条約に登録されている重要な湿原です。
 この条約は1975年に発効して、現在、世界で2200カ所以上の湿地が登録されており、日本でも50カ所が登録されていますが、釧路湿原は日本で最初に登録され、かつ面積も日本最大の湿地です。
 2万6861ヘクタールが国立公園に指定されていますが、これは琵琶湖の4割に相当しますから、広大なことが実感いただけると思います。
 この広大な湿原の中には屈斜路湖を源流とする本流の長さが154キロメートルの釧路川が流れていますが、標高差が121メートルしかなく、勾配は0・08%しかない緩やかな川です。
 例えば急流で有名な富山県の常願寺川の平均勾配は4・8%で、釧路川の60倍の急流ですが、明治時代に日本にきた河川が専門の外国人が、これは川ではなく滝だと言ったという話が伝わっており、それに比べれば本当に平らな川です。

 私は源流から河口近くまで何10回とカヌーで下っていますが、今回はもっとも海のようになっているという下流部分を2時間ほどカヌーで下ってきました。
 普段ですと、両側に湿原があり、数10メートルの川幅の川が蛇行して流れているのですが、今回は川幅が数倍はあり、一部では湖のような状態で、湿原の内部までカヌーで入っていくことができました。
 地元の友人によると、このような状態になったのは約100年前の大正時代以来だということですが、その理由は今年の夏は北海道の東部を台風が4回も襲来し、とりわけ台風11号は釧路湿原の真上を通過していったために大雨が降ったからです。

 釧路湿原は6000年前の地球が温暖であった縄文海進時代には、海水面が現在より数メートル上昇して海になっていました。
 その証拠に湿原の内部にある塘路湖(とうろこ)にはクロイサザアミという海に棲息していた甲殻類が現在も生存していますし、湿原の周囲には貝塚という地名もあるように、海であった痕跡が残っています。
 したがって、大雨になって川が氾濫すれば海に戻るのは当然とも言えます。

 このような地形は自然の観点からは氾濫原と呼ばれますが、社会の観点からは遊水池とか調整池と名付けられています。
 大雨が降ったときに、広い池に川の水を誘導して氾濫させないようにする場所で、関東地方では群馬、栃木、茨城にまたがる3300ヘクタールの渡良瀬遊水池が有名です。
 釧路湿原は天然の遊水池であり、釧路川河口に発展した釧路市を洪水から守る役割を果たして来たのですが、今回も近来稀な大雨にも関わらず洪水は発生しませんでした。

 ところが、40年以上前、この天然の遊水池である以上に貴重な自然環境である湿原を埋立てるという構想が登場しました。
 自由民主党総裁選挙に立候補する田中角栄が政策として発表した「日本列島改造論」の一環として、釧路湿原も埋立てて農地や工業用地にしようという構想が議論されたのです。
 地元経済界では賛成する方々も居られましたが、環境保護を主張する人々が、1980年にラムサール条約に登録し、さらに1987年に釧路湿原国立公園に指定されるようにし、開発を阻止し、守られました。

 話が移りますが、今年になってから、国土交通省が「洪水浸水想定区域」を改訂しはじめています。
 これまでは200年に1回の大雨を想定して浸水地域を想定していたのですが、1000年に1回の豪雨を想定して浸水地域を拡大し、すでに全国の60カ所以上で新しい浸水地域を公表しています。
 一例として、東京都と神奈川県の境界を流れる多摩川流域の場合、200年に1回の豪雨の場合は100平方キロが浸水想定区域でしたが、1000年に1回では129平方キロと3割も増えています。

 大袈裟だと反対する住民や企業もありますが、このような変更をする背景にあるのが、最近、全国各地で気象観測始まって以来の大雨を記録するようになってきたからです。
 全国各地の最大1時間降水量の歴代上位を調べてみると、上位20位のうち、12カ所が1990年代以降に集中しています。
 また1900年以来の日本全体の降水量の変化を調べても、過去30年間の平均を上回る年が最近になり急速に増えています。
 当然、対策を考えた国土強靭化が必要ですが、現在の政府の政策は堤防の嵩上げやダムの建造など土木事業で守ろうと何兆円もの予算を計上しています。
 しかし、人工の構造物では、地球温暖化の影響で台風が大型になり、豪雨が増える環境に耐えることには限界があります。
 例えば、釧路湿原の遊水池効果に匹敵する人工施設を建造することは不可能です。

 そのようなことを示す「エコシステムサービス」という考え方があります。
 自然環境を海洋、海岸、森林、草原、湿地、砂漠、農地などに分けて、それぞれが大気の循環、気候の安定、水資源の保全など自然保全の効果だけではなく、観光や文化への貢献などに役立っている効果を面積あたりで計算した数値です。
 もっとも数値が大きいのが実は湿原で、ヘクタール当たり年間150万円、海岸が40万円、森林が10万円などで、農地は1万円、都市環境はゼロです。
 それを基準に釧路湿原を計算すれば毎年400億円の価値を地域にもたらしていることになりますし、洪水も防いでいるわけです。
 このような視点からも自然環境を保全することの意味を考える必要があると思います。





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