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論文

 リオデジャネイロで開催されているパラリンピック大会も後3日で閉幕となり、終盤戦が盛り上がっています。
 この競技大会の夏季大会は1960年のローマ大会が最初で、今年で15回目、冬季大会は1976年のスウェーデンのエーンシェルドスピーク大会から始まり、2年後に韓国の平昌(ピョンチャン)で開催される大会が12回目になります。
 参加人数も初期は20数カ国、参加選手数400〜500人程度の小規模な大会でしたが.最近では160カ国を越え、参加選手も4000人を越える大会になり、世界の関心が高まっていることを証明しています。
 パラリンピック大会の出場規定では、視覚障害、肢体不自由、知的障害のある人が対象で、現状では聴覚障害と精神障害のある人は参加できないことになっています。
 しかし、障害や不自由の程度に応じて階級を分けている競技があり、例えば100メートル競争は10種目程度に分けられ、金メダルも10個程度授与されています。
 そうすると金メダルの価値が相対的に低下するという意見があり、整理する方向になり、2006年にトリノで開かれた冬季大会では、スキー競技は立って滑る選手、坐って滑る選手、視覚障害者の3種類に整理し、それぞれにメダルを授与することで価値をあげる工夫もされています。

 これ以外にもパラリンピック大会ならではの問題もあります。
 今回のオリンピック大会でのロシア選手の参加については不透明な決着になりましたが、パラリンピック大会では国際パラリンピック委員会(IPC)が世界アンチドーピング機構(WADA)の報告を受けてロシアのパラリンピック委員会を資格停止処分にしたため、ロシアの全選手が参加できなくなりました。
 しかし、これは複雑な問題を含んでいます。
 選手は障害を改善するために医薬品を服用している場合がありますが、それがドーピング検査で発見されることがあるという問題です。
 さらに本質的な問題は、障害や不自由を解消するために、義手や義足などの補助器具を使用しますが、その性能が向上してくると健常者の選手並の記録が出てしまうことです。
 南アフリカ共和国の短距離選手オスカー・ピストリウスは両足に炭素繊維で作った義足を付けて走り、2008年の北京のパラリンピック大会では100m、200m、400mで金メダルを獲得しています。
 驚くべきことは、その記録で、これまでの最高記録は100mで10秒91、200mで21秒30、400mで45秒07です。
 これは一般の世界記録と1秒強の差しかありませんから、今後、優秀な道具が開発されれば、追抜く可能性もあります。

 実際に、2日後の走り幅跳び決勝に出場するドイツのマルクス・レーム選手は、右足に義足をつけた選手ですが、すでに逆転を実現しています。
 2015年10月にカタールのドーハで行なわれた障害者陸上世界選手権で8m40cmを飛んだのですが、これは今回のオリンピック大会の健常者の優勝記録8m38cmを2cm上回る記録でした。
 今回も最初はオリンピック大会に出場しようとしたのですが、義足は「道具ドーピング」だという異議が出て、パラリンピック大会に出場することになったという経緯があります。

 さらに一般の記録を大きく上回る競技があります。
 手段が違いますので、単純に比較は出来ませんが、パラリンピック大会のマラソンは車椅子マラソンですが、距離は42.195キロメートルで一般のマラソンと同じです。
 ところがが、男子の世界記録は1時間20分14秒、女子は1時間38分32秒で、一般より1時間近く早くなっています。
 このような人間と装置が一体となった状態をサイボーグと言います。
 これは1960年に登場した言葉で、自動制御技術を意味する「サイバネティックス」と生命体を意味する「オルガン」を合成したものです。
 一般に馴染のあるのは、アメリカ映画「ロボコップ」や「ターミネーター」の主人公などですが、眼鏡を掛けた人間や、補聴器を付けた人間も、視力や聴力を拡張する装置と一体となっているという意味ではサイボーグですし、人工関節や人工心臓などを装着した人間もサイボーグになります。

 これが技術の進歩によって急速な発展をしています。
 脳の内部の身体に動作をさせる信号を出す部分に電極を埋め込み、そこから出る信号をコンピュータが理解できる信号に変換して義手や義足に伝えると、本人が希望するように動かすことができる技術はすでにアメリカで実現しています。
 さらに電極を脳に埋め込まずに無線で信号を感知して、義手や義足を自分の期待通りに動かす技術も開発されています。
 これらは実験段階でしたが、すでに製品になっている事例もあります。
 日本のサイバーダイン社が開発したHALという装置を人間に取付け、その人間が歩きたいと考えると、その信号が装置に伝わって、人間が歩行を助けるように装置が動きます。
 それを応用すれば、非力な人間の腕にHALを取付けて、物を持上げようと考えながら物を持上げると、自分の腕力の何倍もの力が出て、重い物を持上げることができます。
 工事現場での作業や災害現場での救助などに活躍できます。
 当然、軍事技術は利用を研究しており、戦闘機のパイロットの脳と操縦装置や武器を接続させておけば、パイロットが考えるだけで戦闘機を操縦したり武器を使ったりすることが可能になります。
 これはすでに1982年にクリント・イーストウッド主演の映画「ファイアフォックス」で題材にされています。
 さらに信号を遠距離の無線で伝達すれば、戦場から遠く離れた安全な場所から無人戦闘機や無人戦車を操縦して戦うことも可能になります。

 このような技術が進んでいけば、自分の肉体だけで競技をする健常者と、装置の補助によって競技をする障害者の能力の逆転は十分に考えられることです。
 さらに脳からの信号だけで身体の機能をもつロボットを操作できれば、ロボコップも現実のものとなりますし、その脳の機能さえ人工知能が代替するような時代になると、人間とは何かという哲学の課題に現実に直面することになります。
 パラリンピック大会は競技として観戦することでも十分に感動しますが、実は人間と機械の関係の将来を考える契機となる哲学的大会とも言えるのです。





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