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論文

 今日は興味深い野生動物の被害防止作戦について御紹介したいと思います。
 野生動物の被害の第一は人間への被害で、話題になるのは山菜採りなどで山の中に行ってクマに襲われる被害です。
 ここ10年ほど、本州以南のツキノワグマによる死者が毎年平均して1、2名、負傷者は多い年では100名を越える年もあります。
 北海道のヒグマによっても数名の方が亡くなる年があります。
 第二が農作物の被害で、もっとも多いのがシカ、次がイノシシ、3番目が意外にもカラスです。
 カラスの被害は15年前には年間50億円を越えていましたが、最近では20億円程度まで減ってきました。
 しかし、ここ10年間ではシカの被害は40億円から80億円億円に倍増、イノシシの被害も50億円から70億円に増えています。

 この原因は野生の頭数が増えていることで、本州以南に生息するニホンジカが2000年頃には100万頭程度でしたが最近では300万頭近くまで増えていると推定されていますし、イノシシも50万頭程度から100万頭程度に増えているようです。
 頭数が増えるのは温暖化によって生息可能な環境が増えていること、中山間地に人が住まなくなって動物が集落に進出してくること、そしてハンターが減少するとともに高齢化のため駆除する頭数が減っていることです。
 3年前の数字ですが、駆除頭数はシカが34万頭、イノシシが30万頭ですから、繁殖の勢いを止められない状態です。

 これらの被害は中山間地が中心の問題ですが、最近、都会でも深刻になっている野生動物の被害があります。
 ムクドリの被害です。
 ムクドリはスズメとハトの中間の大きさの鳥で、ロシア、中国、モンゴル、朝鮮半島、日本に生息しています。寒くなると温かい地域には移動しますが、渡りをしない留鳥です。
 基本的には近郊の林の中で生息して、果物などを突つくので年間2億5000万円程度の農作物被害があるのですが、最近は農村部ではなく都市部で被害が発生するようになったのです。
 それは家庭菜園の作物を荒らすのではなく、夕方になると、周辺から都心部に集まってくるようになったことです。
 その頭数も数千羽から、多いところでは数万羽になり、問題は「ギャーギャー」と鳴きわめくことと、糞害です。

 ムクドリは、かつては食用にされていたのですが、親鳥2羽と雛鳥6羽の平均的な家族で年間100万匹以上の害虫を食べてくれる益鳥ということで、「農林鳥」という呼名までついて保護されてきました。
 害虫を1匹駆除するのに1円かかるとされていましたので、1年に100万円の利益をもたらすという訳です。
 単純に計算すれば250家族のムクドリで2億5000万円の農作物被害は元が取れるほどの効果です。
 そのため急速に増加し、ついに1994年からは狩猟鳥に指定され、狩猟期間中は捕獲できるようになりましたが、時すでに遅しで、増えすぎてしまいました。
 都心に集まってくる最大の理由は安全です。
 ムクドリの天敵はオオタカやフクロウ類ですが、都会に来れば、それらの天敵がいないので安全なねぐらというわけです。

 余談ですが、都会は色々な動物に安全な住処を提供しています。
 ここしばらく、都会に巣を作るハチが増え、これも問題になっていますが、専門家に聞いたところ、農村地帯では消毒液を散布するので住みにくくなり、安全な都会に逃げてくるという笑話のような現実もあります。

 しかし、都会にとてってムクドリは迷惑なので追い払わないといけないのですが、都心で狩猟することも出来ないので、全国の都市が苦労しています。
 東京の西葛西駅前広場では目玉模様の風船や磁石を吊るす、大音響で猛禽類の鳴声を流すなどの対策をしてきましたが、しばらくすると戻ってきてしまうそうです。
 長野市ではバケツに爆竹を入れて鳴らす、新潟県長岡市や宮崎県ではムクドリの鳴声を大音響で流すなどで一時的に成功しましたが、やがて戻ってきてしまうか、他所へ移っただけということで本格的な解決にはなっていないようです。

 そこで登場したのが信州大学名誉教授の中村浩志さんです。
 専門はカッコーの研究で世界的な業績を残しておられますが、最近は南アルプスや乗鞍岳などでライチョウの保護をしておられ、昨年はライチョウのヒナをサルが捕獲するという衝撃の写真を撮影して話題にもなりました。
 「複雑な人間関係は苦手ですが、鳥の気持は誰よりもわかります」と自負しておられる鳥一筋の学者で、以前、一緒に山奥の露天風呂に入ったときに、鳥を呼びましょうと言って、口笛を吹くと、瞬く間に鳥が集まって来るという離れ業も持っておられます。
 日本鳥学会会長もされたので、皇室の方々が野鳥観察に来られると案内されるのですが、20年以上使っているガタガタのジープの助手席に皇室の方を乗せて山道を走るという世間離れした学者を絵にしたような人物です。
 大学生活も終わったので、ムクドリ問題に乗出そうということで、自治体から依頼を受けて、鳥の気持を理解した駆除方法を始められました。
 まずムクドリの天敵の猛禽類の剥製を何個か木に取付けます。
 中村先生は今年すでに69歳ですが、ブリナワという15メートルほどの長さのロープの端に拍子木のような形をした木片を取付けただけの道具で、どのような巨木にも簡単に登るという特技があるので、高い木に剥製を据えるのに足場も不要でお手のものです。
 そしてムクドリが集まってくる夕方になると、猛禽類の鳴声を鳴らし、時を見計らってロケット花火を打上げると、瞬く間にムクドリが退散するという訳です。
 もちろん、ムクドリは場所を変えるだけで減るわけではありませんが、駅前など人間が集中する場所から居なくなってくれれば、ひとまず解決ということかと思います。
 野生動物の保護は重要ですが、人口減少や里山衰退など人間社会の急激な変化に対応した人間と動物の関係を見据えた対策も考えないと、本質的な解決にはならない時代だということを考えさせられる事例です。





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