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論文

 今日は科学技術立国日本の将来について考えてみたいと思います。
 今月1日に文部科学省に所属する科学技術・学術政策研究所が2040年の日本の科学技術の状態を予測する報告書を発表しました。
 私も以前、この調査の委員を何回かしたことがありますが、5000人以上の専門家に700以上の科学技術について何年後に実現するかをアンケートし、その結果をデルファイ法という手法で要約し、それぞれの技術の実現時期を予測するものです。
 主要な技術が実用になると予測される時期を紹介すると、無人の農業ロボットは10年後の2029年、ウナギなどの陸上養殖が2030年、ロボットによる外科手術が2032年、空飛ぶ自動車が2033年、動物と会話できる装置が2034年、高性能の量子コンピュータが2035年、月面や火星に宇宙基地の建設が2040年、海水からレアメタルの回収が2044年などとなっています。
 これらの技術の水準の想定によりますが、全体として保守的な予測です。
 例えば無人の農業ロボットは国立の研究所や大学などで実験に成功していますから実用になるのにこれから10年もかかるとは思えません。
 空飛ぶ自動車もベンチャー企業が開発しており、場合によっては来年の東京五輪大会で聖火の点灯に登場するかもしれません。
 量子コンピュータも性能によりますが、カナダのDウェーブ社が2011年に商品として発売していますし、今年の9月にはグーグルの量子コンピュータが既存のスーパーコンピュータでは1万年かかる問題を3分20秒で解いたという論文を発表しています。

 しかし、うがった見方をすると、これらの保守的な予測結果は、昨今の日本の科学技術の水準を冷静に反映したものということも言えます。
 日本の科学技術の動向には悲観的な材料がかなり多いのです。
 まず研究予算が頭打ちという問題です。
 2006年から2015年までの10年間でアメリカは科学技術予算を1・5倍に増やし、中国は4倍に増やして2008年に日本を追い抜きアメリカに肉薄し、韓国も2・3倍に増やしていますが、日本では1・2倍しか増えていません。
 研究者数も同じ2006年から2015年の10年間を調べてみると、アメリカも中国もドイツもフランスも1・3倍に増えていますが、日本は1・02倍でほとんど増えていません。
 科学技術分野では工学や理学の分野で大学院の博士課程へ進学して研究する人材が重要ですが、日本では2004年の5340人を頂点に減り始め、2015年には3920人と7割に減ってしまっています。
 このような状態の原因の一つが経済的待遇の違いです。
 IT分野のアメリカと日本の人材の平均の年収を比較すると、20代ではアメリカの1000万円に対し日本は300万円、30代では1200万円と600万円という大差です。
 その結果、理系を卒業しても待遇のいい外資系の金融機関や証券会社に就職する学生が多く、不足に拍車をかけている状態です。

 これらの事態に対する日本の対応も大幅に遅れており、昨年8月にこの時間で紹介しましたが、アメリカでは2009年からSTEM(サイエンス、テクノロジー、エンジニアリング、マセマティックス)教育という理数系の科目を初等教育から教えるという制度を導入していますが、日本はやっと11年遅れで来年から小学校でプログラミング教育を始めるという信じられないほどの出遅れです。
 その結果、あらゆる分野で日本の研究水準が大幅に下落するという衝撃的な現象が発生しました。
 論文は著者以外の研究者が引用する回数が多いほど影響力のある優秀な論文とされますが、その上位1%をどの国の論文が占めているかについての調査があります。
 2003年から2005年までの調査では日本は全体で6位、物理で5位、生命科学で5位などの順位でしたが、10年後には全体で12位、物理で9位、生命科学で12位まで低下しています。

 その結果はすでに現れており、コンピュータ分野の世界の大学の評価では上位はアメリカとイギリスの大学が独占し、日本では22番目に東京大学が登場する状態ですし、人工知能だけについては1位が清華大学、3位が北京大学、5位が中国科学大学、9位が上海交通大学と欧米の大学を抑えて4校も登場し、日本は14位に東京大学という状態です。
 しかし、アジアでは中国に次いで2位かというと、コンピュータ科学に優れた上位100校の中で、韓国が6校、中国が5校、香港が4校を占めているのに、日本は3校しか登場しません。
 日本は世界全体だけではなく、アジアでも1位ではない時代になっているのです。

 問題は研究者を養成する大学だけではなく企業も衰退していることです。
 日本では90年代前半のバブル経済の崩壊と2008年のリーマンショックの影響で、大企業が中央研究所などを縮小し、研究費も減額した結果、企業の研究者が発表する論文が1990年代には年間6000本ほどありましたが、最近では2500本と半分以下になっています。
 さらに残念なことは折角、日本の大学などで発明されたアイデアを企業が製品にする能力が低下していることです。
 量子コンピュータの技術は何種類かありますが、その一つの「量子アニーリング」と言われる方式は東京工業大学の西森秀稔(ひでとし)教授と大学院生の門脇正史(ただし)博士が1998年に発表した理論です。
 ところが、それを製品にしたのは日本の企業ではなく、前に紹介したカナダのDウェーブ社でした。
 さらに東京大学の古澤明教授は「量子テレポーテーション」方式を発明され、今年のノーベル物理学賞の候補にも上がっていました。
 ところがこれに注目して小説の素材にしたのはジュラシックパークの作者マイケル・クライトンのベストセラー『タイムライン』(1999)ですが、日本ではほとんど話題になっていませんし、これを実際の装置にしようという企業も登場していません。

 科学技術立国という言葉も空しいのですが、優秀な学生が金融機関や証券会社に就業しても、基礎的な国力が増大するわけではなく、バブル経済的な国力でしかありません。
 西欧に大幅に出遅れた明治時代の日本が大国になれたのは教育の成果です。もう一度、教育を根本から見直す時期だと思います。





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