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論文

 人間には見たことのない場所を見たいという欲望があり、秘境ツアーが人気です。
 かつてはアンデス山脈の山中にあるインカ帝国のマチュピチュ、メキシコにある古代都市ティオティワカンなどの人工の遺跡や、ボリビアにある琵琶湖の16倍もある全面が塩で覆われているウユニ湖、中央アフリカにある世界三大瀑布の一つビクトリア瀑布など自然の景観が秘境として有名でしたが、そのような秘境にも空路や道路が整備され、多くの観光客が押し寄せるようになっています。

 私も、この7、8年、仕事でサハラ砂漠、ゴビ砂漠、インドネシアの孤島にある水上生活集落、北緯73度の北極圏にある先住民族イヌイットの集落、アマゾン川の源流地域の熱帯雨林などに行きましたが、どこも文明が押し寄せていました。
 例えば、飛行機に3回乗って到達したカナダのバフィン島にある人口2000人弱の集落には立派なスーパーマーケットがあって世界の果物、韓国製のカップメンも売っているという有様でしたし、飛行機に3回、連絡船に1回、小舟に1回乗って辿り着いたインドネシアの孤島にはダイバーのための施設があり、飛行機に3回、小舟に2回乗って行ったアマゾン川の源流付近の熱帯雨林には日本からバードウォッチングに来る人のためのコテージがあるなど、なかなか本物の秘境は存在しなくなっていました。

 先週まで、これも仕事で客船に乗って究極の秘境と言ってもいい南極大陸から突き出ている南極半島に行ってきましたが、ここも最近は世界から観光客が殺到しています。
 日本から行く場合は飛行機に4度、合計30時間以上乗って、アルゼンチンの最南端の人口7万人ほどの都市ウシュアイアに行きます。
 そこから2000トンから3000トンの小型客船に乗って南極に向かうのですが、ウシュアイアが南緯55度、南極半島が南緯65度で、その間、約1000kmの幅があるドレーク海峡を1日以上かけて横断します。
 ところが南半球には「吠える40度(ロアリング・フォーティーズ)」「狂う50度(フュリアス・フィフティーズ)」「絶叫の60度(シュリーキング・シクスティーズ)」という有名な強風地帯があり、ドレーク海峡を横断するということは、その絶叫の60度を越えていくことになります。
 私は5万トンの大型客船「飛鳥2」で行きましたので、船酔いするほど揺れませんでしたが、風速25mほどで、荒れ狂う白波の中を突き進むので、2000〜3000トンの船では大変だと思います。
 しかし、それを越えると海は穏やかになり、南極半島を間近に眺めることが出来ます。
 標高2000m以上ある真白な山々に囲まれた海に氷山が浮び、ペンギンやクジラなどが姿を見せる大自然ですが、驚いたことに、周囲を航行している船を表示する船室のモニターの画面を見ると、何隻も観光船が一帯を航行しており、そのうち3隻とはすれ違うほど接近していました。

 そこで帰ってから調べてみると、南極観光客が急増していることがわかりました。
 一般の南極観光は南半球の夏の11月から3月の5ヶ月ほどしか行なわれませんので、その期間の数字ですが、1990年代は1万人以下でした。ところが、21世紀になって1万人を突破し、以後、毎年平均17%の勢いで増加し、2008年には3万人を突破し、今年は4万人を突破しそうだと推定されています。
 内訳はアメリカが34%、オーストラリアが11%、イギリスが9%、中国が8%、日本が2%ですが、これだけ増えてくると問題も発生します。

 4万人のうち3割は客船から眺めるだけですが、7割は上陸します。
 その上陸のためには南極環境保護法に基づいた届出が必要で、日本の場合、環境大臣に届出書を提出する必要があり、そのとき、動物に接近したりエサを与えたりしてはいけない、石や植物を持ち帰ってはいけない、ゴミを捨ててはいけないなどの注意を受けるのですが、それでも様々な問題が発生しています。
 まず世界のあらゆる観光地に殺到する中国人の引き起こす問題が新聞記事になっています。
 10年前には南極大陸に上陸した中国人は300人程度でしたが、昨年のシーズンには3228人が到来し、それらの観光客がペンギンの営巣地に侵入して写真を撮影したり、中国の観測基地である長城基地に1600人以上が到来し、勝手に計測装置などに触って仕事にならないと苦情が出ているほどです。

 このペンギンなどが棲息しているのは氷のない場所ですが、これは南極大陸の1%にもならない面積で、そこに野生動物や植物の大半が存在しています。
 そこに人間が訪れて、意図せず衣服についた外来の草や昆虫を持込むために、生態系が壊れつつあると言われていますし、人間の体内にある細菌が野生生物を絶滅させる可能性もあります。
 さらにはゴミや糞尿など廃棄物の問題もあります。

 北米大陸はコロンブスが発見するより1万年以上前からアジア系の人間が到達していましたし、オーストラリア大陸は1640年代にアベル・タスマンが発見する6万年前から先住民族アボリジニが生活しているなど、世界の7大陸のうち6大陸は早くから人間が進出していましたが、南極大陸は「未知の南方の大陸(テラ・オーストラリス・イ・コグニタ)」として存在が予想されていたものの、発見される1820年代まで人間が存在しない無人の大陸でした。
 そのため開発されない自然が維持されてきた貴重な大陸です。もちろん、そのような雄大な自然を体験する観光に意味がないわけではありませんが、単に行ってきたというだけのために、世界に残された唯一の自然が変質していくことも防ぐ必要があります。
 同じ問題が北極点でも発生しており、ロシアの港から砕氷船で北極点まで航海し、北極点でバーベキューをして、旅行者が手をつないで円形になり、北極点の回りを回るという旅行が人気になっています。
 これも旅行した人には素晴らしい記念になりますが、増えすぎると環境問題を引き起こすことになりかねません。
 秘境旅行だけではありませんが、旅の恥はかき捨てにならないような意識を持って旅行をすることが重要だと実感しました。





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