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論文

 トランプ大統領がシリアに駐留していたアメリカ軍の撤退を決定したことについて、シリア、トルコ、イラクの国境地帯に生活するクルド人が「アメリカは我々を見捨て、我々をトルコに売り渡し虐殺しようとしている」と怒っています。
 その経緯は10月15日のこの時間帯に伊藤芳明さんが詳しく説明されましたので、簡単に説明しますと、イラクとシリアの3分の1を支配していた過激派組織イスラム国(IS)の掃討作戦で、アメリカは今月27日にイスラム国の指導者アブバクル・バグダーティ容疑者を殺害する成果はあげていますが、基本的には空爆など安全な戦闘は実施したものの、危険な地上戦はクルド人の武装組織に依存していました。
 ところが突然、トランプ大統領が撤退を宣言し、国内では「アメリカ人の血を一滴も流すことなく戦闘停止に合意した」という自分の大統領選挙に向けた演説をしていることに裏切りだと怒っているわけです。
 その結果、現在は中断していますが、トルコ軍がクルド人の支配している地域で軍事作戦を開始しようとしています。
 このクルド人は3000万人ほどの民族で、国家のない最大の民族と言われています。
 アフリカには3000以上の民族が存在すると言われていますし、世界の先住民族は5000以上で人数は4億人近いと言われていますが、一方、国際連合に加盟している国家は193カ国、日本が承認している国家は日本を含め196カ国ですから、当然、国家なき民族は多数存在することになります。

 今日は、クルド人以外の国家なき民族を紹介したいと思いますが、かつて国家なき民族が一気に国家を獲得した時代がありました。
 第一次世界大戦開戦の契機は2014年6月28日にボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボで発生したサラエボ事件です。
 サラエボを訪問していたオーストリアのフランツ・フェルディナンド大公と夫人をセルビア人のガヴリロ・プリンツィプが射殺したことです。
 オーストリア・ハンガリー帝国の皇位継承者が暗殺されたということから、オーストリア・ハンガリー帝国、ドイツ帝国、オスマン帝国などを主力とする中央同盟国と、フランス、イギリス、ロシアなど多数の国々から構成される連合国が戦争を開始し、1918年11月まで約4年4ヶ月に及ぶ第一次世界大戦となり、双方で死者・行方不明者1770万人、負傷者2100万人という史上最悪の戦争になりました。

 このような惨禍の原因が多数の民族が集まっているバルカン半島などを巨大帝国が支配していることだということで、ロシア革命の最中であったウラジーミル・レーニンは第一次世界大戦の全交戦国に「民族自決」、すなわち各民族は自身の帰属や政治組織を自分たちで決定できる状態にすることを原理とする講和を提案しましたが、これはイギリス、フランスなど連合国が無視して実現しませんでした。
 しかし、アメリカのウッドロウ・ウィルソン大統領は提案を評価し、1918年1月に「14か条の平和原則」を提案、その中で主張した民族自決が第一次世界大戦の講和条約であるベルサイユ条約に反映されました。
 その結果、ヨーロッパではアイルランド(1921)、フィンランド(1917)、バルト三国(1918)、ポーランド(1919)、ハンガリー(1918)など、アジアではモンゴル(1924)、アフガニスタン(1919)、イラク(1932)など、アフリカではエジプト(1922)が第一次世界大戦の終戦から短期間で独立しました。
 しかし、前にご紹介したように、民族は数え方によっては数千という単位で存在しますから、現在でも独立を目指す民族は多数あります。

 いくつか独立を目指している有名な民族を紹介したいと思います。
 今回のラグビーのワールドカップでは、イングランド以外に普通にはイギリスの一部と思われているスコットランドとウェールズが活躍しました。
 ウェールズは1536年にイングランドに統合、スコットランドは1707年に統合されたのですが、1886年にスコットランド、ウェールズ、アイルランドが国際ラグビーフットボール協会を設立、1890年にイングランドが遅れて参加したことを反映し、スコットランドやウェールズは現在でも独立して参加しているわけです。
 そのような歴史を反映し、イングランドとは民族も言葉も違うスコットランドでは現在でも独立の気運があり、2014年に住民投票が行われました。しかし残念ながら賛成44・7%で実現しませんでした。

 同様の状態にあるのがスペインの一部であるカタルーニャです。カタルーニャ人はスペインの北東部のフランスと接するカタルーニャ州に750万人近くが生活し、カタラン語という言葉を話す人が多く、スペイン全体とは異質の地域でした。
 しかし、1936年から始まったスペイン内戦で総統となったフランシスコ・フランコの時代にスペインに統合されてしまいますが、経済的にはスペイン全体に貢献しているにもかかわらず、中央政府から冷遇されているとの思いがあり、2014年、2017年と独立についての住民投票が行われました。
 2017年には投票率43%で、独立支持が92%になりましたが、スペインはアメリカのトランプ大統領を引っ張り出し「カタルーニャ州がスペインに止まらないのは愚かなことである」との言葉を引き出し、結果を無視しています。

 これ以外にも、民族自決を目指して独立したいと考えている民族は多数存在し、国際機関での代表権を持たない民族が集まり、1991年に「代表なき国家民族機構(UNPO)」を創設しました。
 現在、ヨーロッパのタタール人、チェルケス人、アジアのブリヤート人、チベット族、北アメリカのラコタ、南アメリカのアステカ、オーストラリアのアボリジニなど63の民族により構成されていますが、それらの多くは独立した国家を設立したいと活動しています。
 日本にも北海道を中心に居住しているアイヌ民族が2011年に「アイヌ民族党」を結成し、アイヌ語の公用語化やアイヌ民族庁の設置などを政策としていますし、沖縄には琉球独立運動が登場しています。ただし、地元の新聞社が2011年に実施した意識調査では62%が現行の日本の県であることに賛成していますので、すぐに独立運動が起きるわけではありませんが、世界全体が民族自決の方向に進んでいる情勢を考えると、我々も国家と民族のあり方を考えていく必要があると思います。





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