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論文

 今日は空気が商品になるという話を紹介させていただきます。
 人間が生きるために必要なものは何か?と考えると、形而上的、すなわち精神的には、チャールス・チャップリンが「人生で必要なものは勇気と想像力とほんのわずかな金だ」という言葉を残していますし、1992年にアメリカで行なわれた調査では「夫または妻、経済的な安定、健康、子供と家族、宗教」がベスト5です。
 昨今の社会情勢では「夫または妻」には疑問の方も居られるかも知れませんが、いずれにしても人さまざまです。
 しかし、形而下的、すなわち物質的には何かというと、かなり明確で、水、空気、食べ物ではないかと思います。
 それなくしては生存できない物質ですが、その順番を、それがなくてどれだけ生き延びることができるかを比較して判断してみます。

 世界の断食記録を調べてみると、ギネスブックの世界記録では、1965年にスコットランドの男性が382日を達成したとなっていますが、紅茶、コーヒー、水、ソーダ水、ビタミン剤を摂取していましたので、まったくの断食とも言えません。
 2013年には中国で41日間の記録がありますが、この人も酵素ドリンク、梅干、ミネラルサプリメントなどを摂取していますので、やはり完全な断食ではありません。
 中国ではガラス張りの小屋に入って、水と湯だけで49日という記録もありますが、やはり、水が必要です。
 水はどれだけ飲まなくても生きられるかというと、普通には5日間程度とされています。
 それでは空気はどうかというと、ドイツ人が水中で22分22秒も息を止めていたという記録がありますが、普通の人ではせいぜい1分前後です。
 ということで、空気は数分、水は数日、食べ物は数ヶ月ですから、人間にとって重要な物資は、この順番ということになります。

 これらは地球に豊富に存在していたために、人間は1万年間で500万人程度から1000倍以上に増加することが出来たのですが、最近では資源の限界が近付いてきつつあります。
 食料の生産量は十分にあるのですが、配分の仕組が適切ではないために、世界では10億人以上の人々が栄養不足である一方、同じ程度の人数が栄養過多で悩んでいるという矛盾した状態になっています。
 しかし、タンパク源は総量としても不足が心配され、昨年、御紹介しましたように昆虫やミドリムシという藻類をタンパク源にするという構想が浮上してくるわけです。

 水は現在でも世界の20%程度の人々が毎日、安全な水が手に入らない状態にあるといわれ、その状態が急速に悪化していくと予測されています。
 日本人は水と安全は無料だと考えてきた国民だといわれてきましたが、最近では500ミリリットルのペットボトルで毎年70億本近いミネラルウォーターを消費し、10%以上は輸入品に依存している状態です。
 私はサハラ砂漠、ゴビ砂漠、アマゾン川の上流など世界の僻地まで行きましたが、そのような場所でも、集落の雑貨屋でミネラルウォーターが販売されており、水は完全に商品になっています。

 いくらなんでも空気は無料だろうと思われると思いますが、最近では受験生や深夜勤務の人のために、5リットル程度の酸素を圧縮して詰めたスプレーが500円から1000円で売られている状態になりました。
 ところがさらに、普通の空気を圧縮した商品まで出現したのです。
 実は1910年にハレー彗星が地球に接近するときに、その尾には有毒のシアン化合物が含まれていることが分かったため、その部分に地球が入る約5分間は空気が無くなるという噂が広まったことがあります。
 そのため、人々は銭湯で湯船に5分間潜って息をしない練習をしたり、金持は自転車のチューブを大量に買って空気を詰めたり、どうせ死ぬならと花柳界で散財する人が溢れるなどの騒ぎが起こったことがありますが、それに近い状況が出現しはじめたのです。

 空気を売るという商売は、日本でも「富士山5合目の空気の缶詰」(500円)、「富士山山頂の空気の缶詰」(1000円)が売られていましたが、一種の珍しいお土産でそれほど売れなかったようです。
 ところが2014年に設立されたカナダのベンチャー企業「ヴァイタリティ・エア」という会社が、昨年、ロッキー山脈のバンフ国立公園などの清浄な空気を圧縮して金属ボトルに詰め、3リットル入りを約1700円、7.7リットル入りを約2800円で売出したのです。
 その会社の宣伝には「我々は高度に汚染された地域で生活していかなければならないが、これがそれへの対策である」と書かれていますが、その言葉どおりに中国で売れはじめたのです。
 モノに高い値段がつくということは資源が貴重になったということで、ペットボトルの水は水道水の1000倍以上の値段で売られていますが、それでも日本で1人1年に平均55本程度を購入しているほどの需要があります。
 そして水以上に、どこにでもある空気が商品になって中国で大量に売れるということは、中国で大気汚染が深刻になってきたことの象徴です。
 これまで、空気の不足で滅亡した国はありませんが、森林の伐採や水の不足など環境の悪化で消滅した都市はいくつもあります。
 空気までが商品になるということをビジネスチャンスと理解するのではなく、そこまで環境破壊が進行している警告として理解するべきだと思います。





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