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論文

 先週は橋梁、トンネル、上下水道、送電用鉄塔などの社会基盤の老朽化が進行し、その維持補修が人材的にも経済的にも困難な事態になっているという状態をご紹介しました。
 これらの社会基盤は輸送、エネルギーなどの分野ですが、現在の社会ではもう一つの重要な社会基盤として情報システムがあります。
 金融機関、製造業、商社、官庁などの大規模な情報システムだけではなく、社員数人のレストランが顧客情報システムを導入して利益が増加した、家族経営の果樹園が受注や発送に情報システムを導入して売り上げが増加したなど、零細企業まで情報技術が浸透していますし、日本では遅れている電子決済が増加していけば、神社のお賽銭までQRコードで行うという時代も見え始めています。
 これらの情報システムがなければ社会が維持できない時代ですが、この情報社会の基盤に、輸送やエネルギーの社会基盤と同様に維持補修が困難になるという危機が迫ってきました。

 日本で本格的にコンピュータを利用する情報システムが導入され始めたのは1960年代で、1964年の東京オリンピック大会の成績の集計にコンピュータが使用され、1966年には世界最初のオンラインサービスである国鉄の列車の座席予約システムMARSが実現しました。
 個人的な思い出ですが、MARSが実現する以前、鉄道の駅に行って新幹線の予約をしようとすると、駅の窓口の係員が電話で管理センターに問い合わせ、座席の番号を切符に手書きで書いてくれるという長閑な風景でした。
 しかし、MARSが登場し、情報端末を操作して目的の切符が短時間で発券されるようになり、感動したことがあります。

 それ以後、多くのオンラインシステムが登場しますが、そのプログラムは科学目的の場合は「FORTRAN(フォルトラン)」や「PL/1」というプログラム言語で作成され、金融機関や証券会社のオンラインシステムは「COBOL」というプログラム言語で作成されました。
 それ以後、システムは急速に複雑かつ大型になって行きますが、最初のプログラム言語が継承され、現在でも金融機関や証券会社の巨大システムの大半はCOBOLで作成されています。
 その初期の時代から情報システムは進化し、高速になり、接続される端末装置も大量になりましたが、官庁、金融機関、証券会社などのシステムはCOBOLのまま維持され、それが深刻な問題を発生させるようになったのです。

 第一にCOBOLというプログラム言語を使用できる人材がいなくなりつつあることです。
 大学でも民間の教室でもCOBOLを教える場所は無くなっていますし、今年1月に独立行政法人・情報処理推進機構(IPA)は今年の秋以降の国家試験「基本情報技術者試験」ではCOBOLを試験の対象から外すと発表しました。
 この国家試験はIT技術者の登竜門とされ、これまで882万人が受験し、106万人が合格した由緒ある試験ですが、その対象ではなくなってしまったのです。
 そのような決定がなされるということは、かなり以前からCOBOLの受験者が減り、それを使用できる人も引退していく時期になっており、金融機関などのシステムが維持できなくなりそうな気配になってきました。

 第二はCOBOLの代わりに、新たに国家試験に追加されたのが「Python(パイソン)」というプログラム言語ですが、これは人工知能をプログラムするときに使用される言語で、大学だけではなく民間の組織では小学生まで対象にした教育が始まっています。

 ところが、この新しい分野の人材が大幅に不足しているという問題が憂慮されています。
 昨年9月に経済産業省が「デジタルトランスフォーメーション(DX)レポート」を発表しました。
 副題は「ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開」ですが、どのような崖が予想されるかというと
(1)開発から21年以上が経過した社会の基幹となる情報システムは現状では20%であるが、2025年には60%になる。つまり老朽化したシステムが60%になるという意味です。
(2)現在でもIT分野の人材不足が17万人であるが、2025年には43万人の不足になる
(3)COBOLなどで書かれたプログラムを維持補修できる人材が枯渇する。この人材は2007年が頂点で、次第に引退し、現在では大幅に不足ということです。
(4)このまま推移すれば2025年から2030年にかけて、毎年の経済損失が最大12兆円になるというものです。

 別の民間シンクタンクが日本で大型情報システムを使用している企業141社を対象に昨年行ったアンケート調査では、業務の状態を変えずに老朽化したシステムを修正して対応するという回答が多く、年間約15兆円のIT投資額のうち、新しいITシステムを構築するという回答の費用は3兆円でしかなく、12兆円は従来のシステムを修正しながら利用するというために使用されているのです。

 何故このような問題が発生するかというと、これまで日本の組織が情報社会を的確に理解していなかったのではないかと思います。
 情報システムはあくまでも技術であって、これまでの業務の形態に合わせて情報報システムを構築するという発想でした。
 そのため業務の形態が変わると、その変わった業務に合わせて情報システムを修正するというパッチワークでシステムを維持することになります。
 一例で言えば、かつて銀行は窓口を増やしてお客様に対応してきましたが、ATMが登場しても窓口業務は変更せず、ATMに対応するシステムをパッチワークで追加してきました。
 さらにATMも利用が減り始め、コンピュータや携帯電話などから送金などができるようになると、それをさらに追加してきました。
 本来は、窓口もATMも最小限にした新しいシステムを構築すれば良いのですが、情報システムが劇的に変わることを見越した業務形態を予想できなかったことになります。
 情報システムは100年以上に1度という技術革新ですが、ウーバーにしても、メルカリにしても、それを前提とした業務を創造したことによって成功していることを考え、日本も情報システムの革命に合わせた業務を考えるという逆転の発想が必要だと思います。





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