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論文

 第三次安倍内閣では「地方創生」が目玉でしたが、今回の第三次安倍改造内閣では担当大臣まで新設した「一億総活躍社会」が目玉の一つになっています。
 1億というと戦前では大政翼賛会による「進め一億火の玉だ」や、戦後では大宅壮一のテレビジョン番組を批判した「一億総白痴化」など、あまり良い印象のない言葉ですが、今回も意図が伝わりにくい政策のようです。
 当面の目標は
  1)国内総生産を600兆円にする
  2)希望出生率を1.8にする
  3)介護離職ゼロにする
 ということになっています。

 昨年度の国内総生産は488兆円ですから、1・23倍を目指すことになりますが、2020年までに達成するとすれば、毎年4・2%の経済成長を達成する必要があります。
 しかし、過去10年ではマイナス成長ですし、多少は景気が回復した過去1年でも1・7%でしかありませんから、従来、国内総生産に算入していなかった項目を算入する新基準で計算したとしても容易な目標ではありません。
 出生率は1983年には1・8でしたが、それ以後は下がり続け、2005年には1・26になり、昨年1・42に回復している程度ですから、これも困難な目標です。
 介護離職ゼロについては、2020年代になると団塊世代が後期高齢者になりはじめ、その介護のために団塊ジュニア世代が離職すると、現在でも年間10万人が介護離職していることによる労働力不足が、より深刻な問題になることは確かですが、明確な解決策があるわけではありません。

 具体策は国民会議も創設されて検討されるので見守るとして、今日はこれらの政策に共通する手法について考えてみたいと思います。
 キーワードは「バックキャスティング」です。
 これは政策立案の手法ですが、魚釣りに関係があるのです。
 釣竿で魚を釣るときは針を遠方に投げますが、これがキャスティングです。
 そのためにはまず後方に釣竿を振りますが、これをバックキャスティング、その後、前に投げることをフォアキャスティングと言います。
 未来予測を英語でフォアキャストというのは、ここに由来する言葉です。

 これまでの政府の政策や企業の経営戦略は、過去の傾向から判断して将来の計画を策定するフォアキャストで行なわれてきましたが、上手く目的を達成できなかった例が山積みです。
 例えば1994年に「オフィス・アルカディア」という政策が実施され、全国各地にオフィスを立地させるビジネスパークが造成されました。
 その根拠になったのは1970年頃から1990年頃までに、情報サービスの就業者が15倍、専門サービスの就業者が4倍も増加してきたので、行けるぞとビジネスパークを推進したのですが、その後は期待ほど伸びなくて各地で空地ができるという結果になりました。

 また1990年代になり国際会議の開催件数が増えてきたというので、2004年に全国52都市が国際会議観光都市に指定されました。
 しかし、その後10年間で国際会議の開催件数は1.4倍しか増加しなかったにもかかわらず、受皿は52倍にも増えたため、各地の立派な国際会議場は本来の目的には使われていません。
 一例として、北海道では札幌、釧路、旭川が指定されましたが、札幌も指定以後は減っていますし、旭川では10年間で10件、釧路では7件開催されただけです。

 つまりフォアキャストは長期政策では必ずしも上手く行かないという場合が多々あるということです。
 そこで1980年代にスウェーデンで考え出されたのがバックキャストという手法です。
 例えば50年後に社会がどのような状態になっているのが理想かを最初に設定し、そこに到達するためには、10年後にどうなっていれば良いか、20年後にどうなっていれば良いかと、未来から逆算して政策を決めてくという方法です。
 今回の希望出生率1・8という数字は、バックキャストの一例です。
 未来の日本の状態として、現状の出生率の1・4前後では2050年に9200万人ですし、1・6になったとしても9800万人で1億人になりません。
 そこで1・8にしてみるとほぼ1億人になるので、これを目標にして政策を考えようという訳です。

 しかし現在、世界全体でバックキャストにより解決しようとしている最大の課題は地球温暖化です。
 地球温暖化の原因は人類が産業活動などにより排出する二酸化炭素の増大ですが、このまま規制をしなければ、2100年には現在の4倍になり、気温は現在より4度近く高くなり、海面も70cmほど上がってしまうと予測されています。
 そこで何とか2100年で1度程度の上昇に押さえ込みたいという目標を国際的合意にしようと検討されています。
 そうすると二酸化炭素排出量は2020年頃を頂点として急速に減らしていき、2100年にはゼロにする必要があるという計画になります。
 ほとんど実現不可能な目標ですが、そのための国際会議が、今週月曜日からドイツのボンで始まる作業部会であり、11月末からパリで開催されるCOP21(気候変動枠組条約締約国会議)なのです。
 ようやく現代文明はバックキャストに辿り着きましたが、先住民族の世界ではとっくに気付いており、アメリカインディアンのイロコイ族には「7世代先の子孫のことを考えて物事を決定する」という言葉があり、はるか以前からバックキャストをしています。
 われわれは先人の知恵を謙虚に受け止める必要があると思います。





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