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論文

 先月18日に意外なニュースが流れました。
 チョウザメの卵であるキャビアの日本製品を世界に輸出することが可能になったという内容です。
 事情を知らない方は二重に驚かれたのではないかと思います。
 まず、キャビアというと、ロシア、イランなどカスピ海沿岸国の特産品として知られており、日本は高級珍味として輸入しているだけと理解しておられる方が大半だと思いますが、日本でも生産しているという驚きです。
 もう一つは、そのキャビアに輸出規制があるという驚きです。
 こちらから説明しますと、かつては貿易が自由だったのですが、高値で売れるので、カスピ海のチョウザメが密猟で乱獲され、生息数が90%も減ってしまい、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」、通称「ワシントン条約」の事務局が2006年から天然キャビアの国際取引を当面禁止したのです。

 今回、日本の経済産業省と水産庁が条約事務局と交渉し、日本産キャビアの輸出を解禁してもらったのですが、その背景にあるのが第一の驚きの日本でキャビアの生産をしているということです。
 40年近く前に遡りますが、宮崎県の官民共同のチームがソビエト連邦からチョウザメの幼魚を輸入し、1991年にベステルという種類のチョウザメの養殖に成功、2004年にはシロチョウザメの養殖にも成功し、年間5万尾の稚魚を生産できるまでになります。
 この稚魚を宮崎県内だけでも、延岡市、日向市、西都市、日南市などの業者に配布され、そこで成長したチョウザメの卵をキャビアにするとともに、古代ローマでは「ロイヤルフィッシュ」、中国では「皇帝の魚」と呼ばれて珍重されてきた肉も供給するようになります。
 現在では北海道から九州まで50カ所以上で養殖され、例えば、岐阜県の高山市の山奥にある新平湯温泉でも「奥飛騨キャビア」を売出しているほどです。
 残念ながら、国産といっても安くなった訳ではなく、15グラム入り1万円前後で輸入品と同じ程度の値段ですから、高嶺の花であることに変わりはありませんが、資源として安定生産できるようになったことは素晴らしいと思います。

 最近では、クロマグロ、ニホンウナギなどは資源の涸渇が心配されて漁獲制限が始まっているので、チョウザメに限らず養殖は非常に重要になっています。
 それは世界の漁業の統計に表れており、65年前の1950年には養殖は水産物生産量の3%、25年経った1975年でも6%でしかありませんでしたが、2000年には25%、2010年には45%になり、いずれ天然の水産物と逆転すると予測されているほどです。
 魚種によっては、すでに逆転も発生しており、日本ではマダイは80%が養殖、クルマエビは76%、ブリもクロマグロも56%が養殖になっています。

 この急増ぶりは牛肉の生産と養殖魚の生産を比較すると明らかになります。
 重量による比較ですが、1950年には世界の養殖魚生産は牛肉の3%程度、75年には約7%でしたが、2000年には56%までになり、ついに2010年には逆転して、牛肉の生産を上回りました。
 その背景にあるのが、世界の一人あたり魚介類の消費量です。
 1960年には年間9kgでしたが、1980年には11kg、2000年には15kg、最近では17kgになり、半世紀で倍増しています。

 このように世界が魚に目覚めはじめると新たな問題が発生します。
 人口の増加と一人あたり魚介類の消費が増加すると、現在、世界では天然と養殖を合計して1億6300万トンの水産物を生産していますが、国際連合食料農業機構(FAO)の推計によると、15年後の2030年には1億9000万トン以上の需要が発生し、3000万トンの不足になるのです。
 天然の魚介類を現状以上に漁獲することは資源保護の視点から困難なので、養殖に依存せざるをえないのですが、養殖にも制約があります。

 第一は養殖のできる海や湖などの水面には環境の面から限界があり、それほど増加できないこと。
 それでは魚の飼育密度を増やせばいいのではないかということですが、酸素供給や病気の発生などが懸念されて、これにも限界があります。
 第三はエサの問題です。養殖の魚は水中のプランクトンで育っているわけではなく、エサを与えることで成長していますが、そのエサの原料はイワシなど小魚の魚粉が中心です。したがって養殖を増やしていくと小魚が乱獲され涸渇する可能性があることになります。
 養殖というと、一見、資源保護や食料供給に役立っているようですが、水中の生態系を乱している側面もあり、無限に拡大できるわけではないのです。

 このような世界の状況のなかで、日本は世界最初にクロマグロやウナギの完全養殖の成功、トラフグやヒラメの陸上養殖の成功など、技術面で活躍していますが、漁業国としては低迷しています。
 日本は1990年まで世界最大の漁業生産国でしたが、2000年には3位、2010年には6位に後退していますし、生産量も最近は最大の1980年の40%程度に低下し、結果として、国内消費のほぼ半分は輸入しています。
 また魚食民族ともいわれてきましたが、魚の消費量が減りはじめ、1970年の年間71kgを頂点に最近では57kgに減少し、アイスランド、韓国に次いで世界3位になり、2010年には肉の消費量が上回り、家計支出でも魚と肉の購入金額が逆転しています。
 魚料理を中心とする和食はユネスコの無形文化遺産に登録され、最近、発表された世界の日本料理店の数はアジアに4万5300店、北米大陸に2万5100店、ヨーロッパに1万550店など、急速に増えていることが証明するように、世界が注目しています。
 ぜひ本家として、漁業と魚食の重要さを再認識すべきだと思います。





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