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論文

 6月4日に民間団体の地方創生会議が露払いをし、6月30日に閣議決定された「東京圏の高齢者の地方移住促進案」への批判が強まっています。
 これは東京、千葉、埼玉、神奈川の1都3県で今後10年間に75歳以上の高齢者が175万人増え、医療施設、介護施設、高齢者住宅などが不足するとともに、医療や介護に従事する人手も不足するので、26道府県の41地域を例示して地方都市に移住してもらおうというのが政策の骨子です。
 共同通信が行なった全国の知事へのアンケートで、「賛成」は山形、和歌山、鳥取、徳島の4県、「どちらかと言えば賛成」が9県という結果が象徴していますが、現代版の姨捨山政策と批判が多い政策です。

 そもそも、これはアメリカのCCRCという政策の二番煎じという問題があります。
 CCRCは「コンティニュイング・ケア・リタイアメント・コミュニティ」退職者を継続的に面倒みるコミュニティという意味で、実際、アメリカには2000カ所以上にあり、75万人が生活しているそうです。
 キーワードはコミュニティです。これはコム・ムーヌスというラテン語から出来た言葉で、「お互いに贈物をする仲間」という意味です。
 アメリカは日本と比べれば新しい社会ですし、人々の移動も多いので、この仲間意識は宗教が基礎になっている場合が多いのです。
 評論家の嶌信彦さんがワシントンに駐在していたとき、住んでいた住宅地のまとめ役のような人が、会社を辞め、これからフロリダで生活すると挨拶に来られたそうです。
 親戚でもあるのですか?と聞いたところ、まったく初めて行く土地だが、自分と同じキリスト教の宗派の人が集まっている場所があるので、心配はしていないという返事だったそうです。

 しかし、日本ではコミュニティというのは、出身地で親戚が居るとか、永年、住んでいたなどの人間関係がある場所です。
 そのような意識の高齢者に、見ず知らずの土地に移住したらどうですかと言われても,行く気にはなれなく、平成の姨捨山と批判されるのも仕方がないと思います。
 また、北欧の国々では、高齢者の住宅などを都市の鉄道駅など便利な場所に作っている例が数多くあります。
 それは高齢者の移動に便利であるということを配慮した考えで、コンパクトシティを実行しているわけです。
 政府は一方でコンパクトシティを推進しながら、他方では不便な田舎に高齢者を追いやるという矛盾した政策を推進しているということになります。
 石原元東京都知事が国の役人に向かって、「君達の現実は、この書類の中にある数字でしかないだろう」と非難しておられましたが、その通りの政策です。

 ところが、すでに政府の政策に関係なく、高齢者の移住を実現している地域があります。
 先週末、東京があまりにも暑いので、釧路湿原でカヌーをするために釧路に行ってきました。
 当日は25度位だったのですが、地元の人は暑くて大変だという贅沢なことを言っていました。
 実は釧路は北海道の主要都市の中で、もっとも涼しい都市で、8月の最高気温の平均は札幌の26・4度、帯広の25・2度、富良野の26・5度、ニセコに近い倶知安の25・4度などに比べて釧路は21・1度ですから、冷房なしで生活できます。参考のために東京は31・1度です。

 そこに目を付けた高齢者が、ここ数年、夏の2ヶ月から3ヶ月を釧路で過ごそうと集まってきたのです。
 一昨年は225名で、2位の遠別町の121名を大きく引き離して1位、昨年は295名で、やはり2位のニセコの117名とは大差の1位です。
 そして釧路の場合、平均滞在日数は35日から40日前後ですから、1ヶ月以上滞在していることになります。
 そのような人々が何処に住むかということですが、ホテルや家具、家電製品、炊事道具などが一式揃ったアパートか一軒家です。
 ホテルはシングルルームで一人一ヶ月14万円から23万円、ツインルームで27万円から45万円です。
 これでは年金で支払うのは難しいという方のために、マンションの一部が家電製品、炊事道具などを揃えた賃貸になっており、一ヶ月一部屋、光熱費なども含めて12万円くらいで借りることができます。

 私も見学に行ってきましたが、都心にある立派なマンションで、20近いマンションのほぼすべてが、今年の夏は埋まっている状態でした。
 すでに需要に対応できない状況になってきたので、釧路市では長期滞在用にリフォームする事業を始めているほどです。
 さらに土地が気に入って、中古住宅や空家を購入して住む人も増え始め、昨年までに22件が売れ、買手の半数が首都圏の方々です。
 参考までに値段は中古住宅で260万円、中古マンションで860万円程度ですから、首都圏の値段とは桁違いに安価です。

 このような各地から集まってきた人々が地域に馴染んで貰うために、釧路市地域雇用創造協議会が、長期滞在の人々を対象に市内を案内するとともに、地域の海産物のバーベキュー大会を開催して、コミュニティが形成される手助けもしています。
 さらに冬季にも、タンチョウヅルの写真を撮影するとか、雪で真白になった釧路湿原の横を走る蒸気機関車を撮影する目的で、長期滞在する人々も増えており、通年の長期滞在、さらには移住も期待されています。
 北風と太陽の寓話のように、国が強引に誘導する北風政策ではなく、各地域が移住を歓迎するような太陽政策こそ、目指すべき方向だと思います。





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