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論文

 政府は地方創生を主要政策とし、昨年11月には地方創生関連2法案を制定して,地域の発展を目指しています。
 その法律の一本が「まち・ひと・しごと創成法」ですが、読んでみても具体策のない内容です。
 しかし、地域には法律などできる以前から、独自に新しい「まち・ひと・しごと」の創出に成功している例がありますので、最近、訪問した2つの例を御紹介したいと思います。

 第一は、三重県多気(たき)町勢和(せいわ)地区という農村です。
 ここは名古屋から紀勢本線で多気駅まで約1時間半、そこから自動車で山を越えて15分という場所です。
 列車は1時間に2本程度で、駅前のタクシー乗場には常駐のタクシーがなく、電話で呼ぶと15分くらいして迎えに来てくれるという田舎です。
 ところが最近、この不便な山奥にある11時から2時までしか開いていない食堂を目指して平日でも100人、休日には200人以上の人が昼食を食べるために訪ねてくるようになっています。
 私も2週間ほど前に行きましたが、長蛇の列で1時間近い待ち時間というほどでした。
 何を食べに来るかというと、まめ料理を中心にした30種類くらいのバイキング料理で料金は1200円、食堂の名前も「まめや」です。
 しかも、一流の料理人が腕を振るうような料理ではなく、地元の農家の女性が日常、家庭で作っているような「おからコロッケ」「いり大豆」「田楽」「なます」という程度です。
 食器も新規に購入する資金がないので、各農家の物置にあったものを寄せ集めた種々雑多な食器という具合です。
 特徴は、すべて地元で栽培した無農薬作物や周辺の里山で採集してきた山菜で、料理は地元の農家の女性です。
 なぜ、このような食堂ができたかというと、地元の村役場の職員であった北川静子さんが、地域の農業が衰退するとともに、若者が減り、その結果、農村の文化が消えていくことを心配し、地域に残っている高齢者の知恵を継承したいと考えたのが発端です。

 そこで2005年に役場を退職し、賛同する35人の女性とともに合計1050万円を集め、地元の素材を使用した「豆腐」「味噌」「こんにゃく」などの加工品を販売する直売所と、食堂を始めたということです。
 当初は高齢者が中心でしたが、現在では20代から70代まで40名近い人々が働き、年間の売上も1億円に近付くほどになっています。
 さらに興味があるのは、山菜や土筆を子供が採集してくると買上げるようにしているのですが、土筆のハカマを取ってくることを買上げの条件としています。
 そうすると高齢者が手伝うために世代間の交流が出来、本来の目的である農村文化の継承も実現していることです。
 地域を何とかしたいという目標さえあれば、ごく普通の農産物でも宝石になる好例かと思います。

 2番目は富士山本宮浅間大社がある有名な静岡県富士宮市です。
 浅間大社の御祭神は「このはなさくやひめのみこと」ですが、もとは古代に富士山が大噴火したとき、それを鎮める目的で第十一代垂仁(すいにん)天皇が紀元前27年に創祀(そうし)されたことが起源という由緒ある神社で、その門前町として発展してきたのが富士宮市でした。
 したがって観光客の大半は浅間大社が目的ですが、ここ5、6年、その目的が、ある食事をするために変わりつつあります。

 食事と言っても「ヤキソバ」です。
 私もわざわざ2回も騙されて食べに行きましたが、麺の腰がやや強いかなということと、鰹節の代わりに鰯の魚粉をかけるという程度の、ごく普通の「やきそば」です。
 この人を欺く仕組を作ったのが、地元で保健代理店業を本業としている渡邉英彦さんです。
 地域の青年会議所の理事長などもされた名士ですが、地域を発展させようと市役所の仲間と相談していたときに、富士宮市には「ヤキソバ店」が他の都市に比べて人口あたり数倍もあるということに気付き、これを地域発展の材料にしようと考えます。
 渡邉さんは、きわめて真面目な顔をして人を操る天才的な才能があり、何も活動していない段階で、NHKに「富士宮やきそば学会」を設立し、会員が「やきそばG麺」として調査をしていますから、取材をしてくださいと連絡します。
 そこで丹波哲郎主演の「Gメン75」の夕日を背に7人の出演者が歩いてくる場面を真似した画面でNHKが紹介したところ、一気に知れ渡り、慌てて「やきそばマップ」を作成し、店の前に「のぼり旗」を立てたところ、客が殺到することになりました。

 その後「富士宮やきそばにはビールが合う」というキャッチフレーズを作ってビール会社に無料でポスターを作ってもらうとか、2005年にはJTBに「ヤキソバスツアー」を提案し、参加者には、富士宮の「麺税店」でヤキソバを食べることの出来る「麺財符」を渡すということにしたところ、23台のバスで1000人が富士宮にやってきて、以後、10社以上の旅行社が富士宮ヤキソバの昼食を含んだバスツアーを毎日運行する事態になっています。
 このようなほとんど経費をかけない宣伝活動による2001年から9年間の経済波及効果は約440億円と推計されており、富士宮やきそばは浅間大社と並ぶ観光資源になったのです。

 19番目の世界遺産も何とか登録が決定しましたが、以前も御紹介したように観光客誘致ということが目的であれば、必ずしも世界遺産は期待したほどの効果がない場合の方が多いようです。
 それよりも、地域の足元にある気付かない原石を発見して宝石に仕立て上げることが地方創生の本道ではないかと思います。





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