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論文

 新年最初の放送なので、恒例の「今年は何の年」を紹介したいと思いますが、今年は国際連合が制定した「国際土壌年」で、英語では「インターナショナル・イヤ・オブ・ソイルズ」です。
 国際連合による国際年は1957年の「国際地球観測年」から始まりましたが、初期には社会問題を取り上げることが多く、60年代から「難民(65)」「人権(68)」「教育(70)」「人口(74)」「婦人(75)」「児童(79)」などが対象になりました。
 しかし、90年代以後、環境に関係する対象が増え、98年に「海洋」、2003年に「淡水」、06年に「砂漠」、10年に「生物多様性」、11年に「森林」という具合で、その一環として今年は「土壌」が対象になったという経緯です。

 なぜ土が国際的に問題となるかと不思議に思われるかも知れませんが、土は石油などの化石燃料や、鉄や銅やアルミニウムなどの鉱物資源と同様に急速に減少しようとしており、その減少が社会問題だけではなく地球環境問題にも重大な影響を及ぼすという視点から選ばれたものです。
 この国際土壌年は2013年12月21日の国際連合総会で決定されましたが、その決議の文章を引用すると「土地の管理が経済成長、生物多様性、持続可能な農業と食料の安全保障、貧困撲滅、女性の地位向上、気候変動への対応などに貢献する」と書いてあるように、土壌の意義を環境、経済,社会の側面から考えていくことが重要だというわけです。
 そして同時に昨年から毎年12月5日を「世界土壌デー」として、年1回は土の問題を考えようということにもなりました。

 その重要さを説明するために、最初に地球の表面はどのようになっているかを見てみます。
 地球の表面のほぼ3割が陸地で140億haの面積がありますが、森林が30%、砂漠が25%、草地が24%、南極大陸のように氷に覆われている部分が10%で、合計89%になります。
 残りの11%を人間が食料生産のために農地として利用しているのですが、その農地の表面が劣化しているのです。
 農業に利用できる土壌は表面の15から20cmだけですが、これが3つの原因によって減り続けています。

 第一は風で飛ばされたり、雨で流されたりする「侵食」、第二が人間の産業活動による「重金属汚染」、第三が農業機械を使用するために圧密によって土が硬くなって劣化することです。
 このような劣化が原因で、世界では毎年700万から800万haの農地が減少し、250億トンの表土が失われていると推定されています。
 日本の農地面積が700万haですから、それに匹敵する農地が満足に使用できない状態になり、250億トンというのは日本全体の面積の厚さ5cmの土の量に匹敵しますから、毎年、日本列島を5cmずつ削っていく程度に耕作可能な土が消滅していくということになります。

 その結果、どのような問題が発生するかというと、第一は食料不足です。
 日本は人口減少が政治課題になっていますが、世界の問題は人口増加です。
 現在70億人を越えた世界の人口は現状のまま推移すれば2030年には83億人、2050年には91億人になると推定されています。
 そのためには食料生産を2030年までに1・4倍にし、2050年までには1・7倍にする必要があります。
 しかし、人口が増加するということは農地が住宅用地や工業用地に転換していくことにもなり、実際、世界全体では1981年から2000年までの20年間で農地が7%も減っていますし、中国では1998年から2003年の5年間で作付け面積が16%も減っています。
 これに追加して農地が劣化していけば、食料の不足は重大な問題になります。

 第二は昨年「IPCC第5次評価報告書」で地球温暖化は確実に進行していると発表され、12月にペルーで開かれた「COP20」でも温暖化対策まったなしという事態になってきました。
 様々な対策が必要ですが、意外に知られていないのが土壌は二酸化炭素を吸収しているということです。
 優良な農地にするためには、堆肥などの有機物を抄き込みますが、それによって土壌有機炭素(SOC)が土中に蓄積されます。
 これの炭素は大気中の二酸化炭素が原料ですから、優良な農地は空気中の二酸化炭素を吸収することになり、面積あたり森林の2倍の吸収能力があります。
 農地が劣化すれば、その能力も減少することになるのです。

 これを回復していくことは大変で、有機物を含んだ農業に適した表土はミミズや昆虫や微生物が作っていくのですが、その速度は年間0・01mmから最高でも1mmにしかなりません。
 地球は、ごく最近まで、微生物などが作る土壌の形成量が侵食量を上回っていたのですが、それが侵食の拡大や重金属汚染などで逆転しはじめています。
 洪水によって表面から10cm表土が流されたとすると、最短でも100年以上かけて作られた土壌が一瞬で消滅することになります。
 日本は農家が丹念に土作りをされた優れた農地が多いようですが、国土全体では急峻な山地が多く、しかも多雨地帯のため、土壌が流されることが多く、国土面積の35%が劣化した土地になっており、これは世界38位の高い比率です。
 世界の歴史を調べてみると、優良な天然の農地の恩恵で国が発展したものの、それを十分に涵養せずに使いつくして滅びていった国は多数あります。
 世界土壌デーの標語は「ヘルシー・ソイル・フォア・ア・ヘルシー・ライフ」すなわち「健全な土地に健全な生活が実現する」ですが、国際土壌年の今年は、農家の方々意外の一般の人々も土の重要さを考えてみては如何かと思います。





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