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論文

 現在の情報社会ではパスワードを使用しなければ情報システムを利用できないという厄介な仕組があります。
 ある情報システムにアクセスしようとしている人間が正当にアクセスする権限があるということを証明する手段です。
 しかし、様々なサービスにアクセスするごとに違うパスワードを使用するのは面倒だということで、同じパスワードを使用する人が多く、コンピュータ・セキュリティ関係の業務を行っているトレンドマイクロ社が今年6月に日本で行った調査では、2、3種類のパスワードですべて処理しているという人が72%にもなるという結果になりました。
 それではというのでパスワードを考えるのですが、自分でも忘れてしまう複雑なパスワードは面倒だというので、多くの人が簡単に推測されてしまうパスワードを使用する傾向にあります。
 アメリカのスプラッシュ・データという会社が調べた最悪のパスワード25が発表されていますが、ワースト5は味も素っ気もない「password」が1位、2位が「123456」、3位が「12345678」、4位が「qwerty」、これはキーボードの左上から右へ順番に並んでいるアルファベットで、5位が「abc123」になっています。

 そこで面倒でも手の込んだパスワードを考えたとしても、第二の難関はパスワードが盗まれてしまうという厄介なことがあります。
 フィッシングと名付けられる手段で、あるウェブサイトにアクセスすると偽の画面が登場し、パスワードを入れて下さいという指示に従って入力すると盗まれてしまうという仕組が流行しています。
 さらに本格的にサーバーをハッキングして、まとめてパスワードを盗んでしまうという犯罪も多発しています。
 今年8月にはロシアのハッカー集団が12億個のパスワードを盗んだという事件さえ発生しています。

 そこでパスワードではない方法で本人であることを証明しようという技術が登場します。
 これが生体認証といわれる情報で、それぞれの人間に固有の身体的特徴を使うという技術です。
 これであれば、本人にくっついていますから、盗まれない、忘れない、無くさないという特徴があり、便利そうですが、技術の進歩とともに危うくなっている特徴もあります。

 歴史のある生体認証は「指紋」ですが、現在では薄いゼラチンの膜を使って複製を作ったり、違う指紋を作って指先に貼るという技術が登場し、完全ではなくなりました。
 次は眼の中心にある瞳孔の周囲を取囲む「虹彩(アイリス)」の模様を使うという技術ですが、これもアクション映画などに登場するように、模様を精巧に印刷すると確認装置を騙すことが出来るという実験もあり完全ではありません。
 そこで考案されたのが指先や掌(てのひら)の静脈の模様を使用するという技術で、現在、一部の銀行のATMなどで暗証番号と併用して利用されています。
 これも複製を作成して装置を通過するという実験が成功していますが、現状ではひとまず実用になっています。   

 今年8月から日本の法務省が国際空港での出入国管理で、パスポート内蔵のICチップに記録された顔写真と本物の顔を比較して本人かどうかを判定するという実証実験をすると発表しました。
 実は2012年の8月から9月に成田空港と羽田空港で実証実験をおこない、2万9000人を判断したのですが、判定できたのは83%でしかなかったので、技術を改良して今回、再度、実験をすることになったのです。
 イギリスやオーストラリアでは実用になっているし、2020年の東京五輪大会の大量の出入国者を前提として実用にしようという目的です。
 ただし、インターネットのウェブサイトには、様々な変装術が掲載されていたりして、これも完璧とはいえません。

 完璧な生体認証はないかということですが、あります。
 DNA鑑定です。これは本人から血液や粘膜などを採集しないかぎり、利用は困難ですから、当面、大丈夫ですが、鑑定に何日もかかるという難点があります。
 そこで期待されているのが脳指数(ブレイン・フィンガープリンティング)です。ブレインは脳、フィンガープリンティングは指紋ですから、脳にも指紋のように一人一人違う特徴があるという性質を利用する技術です。
 これまで犯罪捜査によく利用される「嘘発見機(ポリグラフ)」という装置がありました。
 これは身体に何個かの電極を貼って電流を測定するのですが、ウソを言うと手に汗をかいたり、脈拍や呼吸が変化して、電流の変化が発生するので、それを発見する方法です。
 しかし、訓練すると変化させないように自制することも可能なので、日本やアメリカでは裁判の証拠としては利用されていません。

 脳指紋は頭部に電極のついたバンドを装着し、本人が見たり聞いたりしたことのある絵や音を与えるとP300と名付けられている脳波に変化が発生するという嘘発見機に似たような現象を利用する技術です。
 すでにアメリカで1980年代から研究され、1991年にアメリカの学者が論文を発表しているのですが、2001年9月11日の同時多発テロ事件を契機として、改めて研究が活発になったものです。
 原理は以前に見た画像や聞いた音は脳の内部に記憶されているのですが、同じ絵や音を体験すると、0・3秒後にP300という脳波が発生するので、これを測定するという仕組です。
 もちろん、この技術で一人一人の識別をすることは難しく、出入国管理には当面利用できませんが、例えばコンピュータのスクリーン・セーバーに自分しか知らない写真を出しておき、それを当人がみればP300の脳波が発生してアクセス可能になり、他人が眺めてもコンピュータは作動しないというような利用が考えられます。
 中国の「矛盾」の故事のように、強力な武器を開発すれば、それを防ぐ防具が開発され、さらに強力な武器が開発される「いたちごっこ」ですが、技術の宿命かも知れません。





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