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論文

 今日は2020年の東京オリンピック&パラリンピック大会では日本の魚が提供できない可能性があるという衝撃の話をしたいと思います。
 東京大会については国立競技場のデザインや野球が競技種目になるかなどが話題になっていますが、日本ではほとんど報道されていない重大な危機が迫っているのです。
 選手村や会場周辺のレストランで提供される料理の素材である魚や貝などの水産物には、ある認証を受けた材料しか使用できない可能性が登場していることです。
 これはMSC(マリン・スチュワードシップ・カウンシル)という組織の認証とASC(アクアカルチャー・スチュワードシップ・カウンシル)という民間組織が持続可能な方法で漁獲したり養殖した水産物であるという認証をしたものしか提供できないということです。

 MSCは1997年に設立されたロンドンに本部を置くNPOですが、水産資源を持続可能な状態に維持するために、申請した漁業者の漁業の実態を厳格に審査し、資源の持続的利用に配慮していると認定すると「海のエコラベル」という商標を添付して販売することを認める組織です。
 ASCは2010年に設立されたオランダのユトレヒトに本部を置くNPOで、養殖の漁業について同様の認証をおこなう組織です。
 現在、MSCは世界数10カ国の約250以上の漁業が認証を受け、それらの漁業者の水揚げ量は全世界の9%、金額にして5000億円にもなり、100カ国以上で販売されています。

 最近も国際自然保護連合(IUCN)が太平洋クロマグロ、ニホンウナギ、アメリカウナギ、トラフグの代用品となっているカラスフグなど、日本人が好む魚を次々と絶滅危惧種に指定しているように、日本の魚食文化の資源が危うい状態になっていますが、日本の水産庁や漁業者の動きは鈍く、日本でMSCの認証を受けている漁業者は京都府機船底引網漁業連合会のアカガレイ、北海道漁業協同組合連合会のホタテ貝の2つにしか過ぎず、漁業者にも消費者にもあまり知られていないのが実態です。
 それは認証を受けるための審査が1年から1年半かかり、しかも審査費用が数百万円もかかることが障害になっているようです。
 しかし欧米ではMSCやASCの認証を受けた漁業者の水産物しか仕入れないスーパーマーケットも多く、消費者も優先して購入するという社会が形成されているために、大差がついているのです。

 そのような社会情勢を反映し、2012年のロンドン大会では、選手村や会場周辺のレストランでは、水産物はMSCとASCの認証を受けたものをはじめ、持続可能性が証明された材料しか使用されませんでしたし、昨年12月に2016年のオリンピック&パラリンピック大会を開催するリオデジャネイロの組織委員会が選手、職員、報道関係者、会場周辺のレストランで提供する約1400万食の食事に使用する水産物はMSCとASCの認証を受けた水産物にするということを発表しました。
 この流れからすると、2020年の東京大会もその方向に向かわざるを得ないことになると思います。
 ユネスコの無形文化遺産に登録された和食は水産物が重要な素材ですが、先程御紹介したように、日本産の水産物は2種類しか認証を獲得していませんから、調理はともかく素材のほとんどは外国の認証を獲得している漁業者からの輸入品という赤っ恥になりかねません。
 それではといって急遽、認証を獲得しようとしても審査に数年かかることも多く、間に合わない可能性もありますし、せいぜい2週間程度の行事のために日本の漁業者が高額の審査費用を負担して審査を申請するかも不確定です。
 何とか対策を考える必要があります。

 ここまでの話をお聴きになった方々の中には、オリンピック&パラリンピック大会がどうして漁業資源の保護と関係があるのか不思議に思われる方も多いと思います。
 その背景にあるのが、20世紀末にオリンピック精神が大きく変化したという歴史です。
 近代オリンピック大会はフランスのピエール・ド・クーベルタンが提唱して1896年に第1回が開催されましたが、当時のヨーロッパでは1853年から56年にクリミア戦争、1870年から翌年まで普仏戦争が勃発するなど、荒々しい時代でした。しかし、その一方で1851年にイギリスで世界最初の万国博覧会が開かれるなど国際交流の気運も盛んでした。

 そのような背景から、戦争を中断してでも4年に1回、古代ギリシャで開催されていた古代オリンピック大会を再現しようとしたのがクーベルタンで、理念は平和と交流でした。
 しかし、100年が経過した20世紀後半になり、72年の札幌冬季オリンピックでは恵庭岳の山林を伐採するスキーコースに環境団体が反対したため、終了後は植林をするとか、76年のデンバー冬季オリンピックは環境団体の反対で開催できなくなり、間際になってインスブルックに変更されるなどの事態が発生し、ついに1990年にサマランチ会長が「スポーツと文化」であったオリンピック大会の目的に「環境」を追加することにし、近代オリンピック開催100周年を目前にした1994年にオリンピック憲章に「環境」が追加、96年には「持続可能な開発」も追加されることになったのです。

 私はIOCの傘下にある国際カヌー連盟のスポーツ環境委員をしているのですが、カヌーやヨット、スキーやスケートなどは良好な自然環境あってこそのスポーツということで、環境問題にも取組もうというわけです。
 東京大会でも競技場の配置をコンパクトにするとか、ヨットやカヌーの会場を環境に配慮して変更するなどの動きがあるのは、そのような背景です。
 1964年の東京オリンピックは都内の運河を埋立て、高架の高速道路を便利という目標だけで都内に建設してきた環境には問題のある大会でした。しかし、半世紀で社会は一変し、環境に配慮しなければ開催が許されない時代になってきたのです。

 そして同一の背景から登場したのが世界最大のケータリング事業とも言われる会期中の1400万食の食事に環境に配慮した素材を使用するということに繋がっている次第です。
 日本人は世界最大の魚食民族であり、和食がユネスコ無形文化遺産に登録されているにもかかわらず、水産資源の保護や維持には無関心の国民です。
 2020年の東京大会では日本の漁業者が漁獲した水産物が提供できないかもしれないという危機を見つめ、改めて日本の漁業を考えてみるべきだと思います。





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