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論文

 今年は日本の3名の学者がノーベル物理学賞を受賞され、盛り上がりましたが、今回の受賞対象となった業績は科学分野の物理学賞、化学賞、生理学医学賞の3賞では異例の内容でした。
 ノーベル賞は科学的な「発見」に授与されることが多く、技術的な「発明」に授与されることは少ないのですが、今回は青色発光ダイオードという多方面で実用になっている技術の発明に授与されたのです。
 実際に戦後の科学分野のノーベル賞について調べてみると、物理学賞ではトランジスタ(1956)、集積回路(2000)、光ファイバー(2009)など技術的発明の受賞は12件で全体の13%、受賞者数は合計26名で、合計150名の戦後の受賞者のうち17.3%でしかありません。
 化学賞については、電気泳動装置(1948)、クロマトグラフィ(1952)、医学分野で利用されている核磁気共鳴分光法(1991)、多くの化学物質の製造に応用されている重合法(1863)など7件で、79件中9%、受賞者は13名で127名中10%でしかありません。
 もう一つのノーベル生理学医学賞では、ペニシリン(1945)、ストレプトマイシン(52)、心臓カテーテル(1956)、CT(1979)やMRI(2003)など現在でも使われている有用な薬や治療法がありますが、それら技術的発明の受賞は6件で全体の79件の8%、人数では161名の受賞者の7%でしかありません。

 日本は科学技術というように一体として考えることが多いのですが、ヨーロッパでは科学と技術は明確に区別され、科学が上位と見なされる傾向にあります。
 日本では2002年に島津製作所の技術者であった田中耕一博士が質量分析装置の発明でノーベル化学賞を受賞され、今回、日亜科学工業に在籍していた技術者の中村修二博士がノーベル物理学賞を受賞されても違和感を感じる日本人は少ないと思いますが、レントゲンが19世紀に発見して以来、医学分野での最大の発明といわれるCTの発明に貢献したゴッドフリー・ハウンズフィールドが1979年にノーベル生理学医学賞を受賞したときは話題になりました。
 当時、ハウンズフィールドはアメリカの物理学者アラン・コーマックが1964年に発表していた理論をもとに、イギリスのEMI社で、その理論を実際の装置にした技術者ですが、欧米の価値観からすると技術者が受賞したということで話題になったのです。 

 アジアの中では科学分野のノーベル賞受賞者が断トツに多い日本ですが、最近、スーパーコンピュータでは中国に抜かれ、宇宙開発でも中国やインドに先を越され、一般技術でも薄型テレビジョンやスマートフォンは韓国や中国に大差をつけられていて、日本の産業の元気がないようですが、実は世界から注目されている世界一の分野は数多くあるのです。
 先端技術の分野の目玉はロボットです。もともと産業ロボットと分類される工場などで溶接や組立をするロボットは日本が製造も利用も最大の国で、最近でこそ日本で稼動している産業ロボットの台数は世界の25%ですが、20年前には64%でした。
 生産についても現在は世界の17%ですが、10年前は36%でした。
 しかし、ロボットの先端は予め命令された仕事を正確に実行する装置から人工知能を備えて自分で判断して行動するロボットに移っています。
 以前紹介したことがありますが、アメリカのコンテストで日本の若者が制作したロボットが断然1位に評価されるなど先頭を行っています。
 さらにアニマルセラピーを代行するロボットも有名で、タテゴトアザラシの子供の形をした「パロ」という人工知能を備えたロボットは世界30カ国以上で約2200体が試験的に導入されているほどです。

 もう一つ期待されている先端分野が再生医療です。
 STAP細胞では足踏みをした感がありますが、iPS細胞を使用した再生医療では網膜を再生して実際に患者に移植する治療の世界最初の臨床研究が間もなく行われる予定ですし、筋肉が萎縮していくALSという難病の治療についてもマウスでの実験が始まっています。

 このような先端技術の分野だけではなく、日本が世界各国の実情に適合させて開発した家庭電化製品などで人気商品になっているものも多数あります。
 日本人は機械を丁寧に扱いますが、外国ではぞんざいに扱われることがよくあります。
 そこでパナソニックでは防水性能は当然として、1mの高さから落としても、数10kgの荷重をかけても、マイナス20℃の環境でも正常に作動する「タフブック」というPCを発売しています。
 重量が3・7kgもあるために日本では人気がありませんが、アメリカやヨーロッパでは屋外の作業で使用するPCとして人気です。
 京セラが警察や消防活動、工事現場などでの使用を想定した「デュラ」という携帯電話をアメリカで発売しています。
 これも1・2mの高さから落下させても、湿度95%、気温60℃からマイナス30℃でも利用でき、売れ行き好調です。

 このような技術だけではなく、地域の生活環境に会わせた人気商品も粕多くあります。
 21世紀の最大の紛争原因は水の争奪という意見もあるほど、真水の確保は重要な課題です。
 先端技術では海水を淡水に変換する「逆浸透膜」が重要ですが、これは東レ、東洋紡、日東電工の3社が世界の主要なメーカーになっています。
 それらは大規模なプラントで使用されますが、家庭単位で使用する製品も日本が得意としています。
 水道水を家庭で浄化する「三菱レイヨン・クリンスイ」はフィルターで赤さびやバクテリアを吸着する浄水器ですが中国で人気商品になっていますし、バングラディシュでは墨田区職員であった村瀬誠さんが退職後に設立した天水(あまみず)研究所がモルタル製で1000リットルの雨水を貯めることのできる貯水タンク「AMAMIZU」を4000円程度で販売し、人気を呼んでいます。

 今回、ノーベル物理学賞を受賞された3人とも工学博士で、赤崎博士と中村博士は企業に就職しておられた経験があります。
 工学という技術分野出身で実際の現場も経験している人間が先端の研究をするというのは、科学と技術を厳密に区別しない日本特有の文化で、それを背景にノーベル賞の対象となる製品も発展途上国に有用な製品も登場していると思います。この日本の文化風土を特徴として、さらなる技術立国が発展することを期待したいと思います。





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