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論文

 日本の経済再生の有力な手段の一つが外国からの観光客を誘致して国内で消費してもらうという政策です。
 その現在の目標は東京オリンピック・パラリンピック大会が開催される2020年までに訪日外国人旅行者数を2000万人にすることになっています。
 これまでの目標は2010年に1000万人にすることでしたが、なかなか難産でした。
 2007年までは順調で、1998年の410万人から毎年平均8.2%の増加で834万人まで到達し、そのまま推移すれば目標達成が確実でした。
 ところが、2008年9月に発生したリーマンショックの影響で2009年には679万人と前年より2割も減ってしまい、さらに2011年には東日本大震災と福島の原子力発電所の事故の影響で622万人にまで減りました。
 その後、東南アジア5カ国の国民へのビザの発給の大幅緩和やアベノミクスの円安政策の効果もあり、2013年に1036万人となり、予定より3年遅れましたが1000万人を突破しました。

 そこで観光庁は強気の目標として、2010年から20年までの10年間で2倍の2000万人にする当初の予定を3年圧縮し、2013年から7年間で2000万人にする計画に変更して達成しようとしています。
 この目標を達成しようとすると、これまでの年率8・2%の増加を、今年から7年間は毎年平均して9・9%の外国人観光客の増加を達成しなければいけないという厳しい目標です。
 その有力な手段が東京オリンピック・パラリンピック大会の開催とカジノの解禁です。

 今年6月に政府が発表した成長戦略には、ホテルやコンベンションセンターとともにカジノを併設する「統合型リゾート(IR)」が掲げられ、同時に超党派の議員連盟「国際観光産業振興議員連盟」による「特定複合観光施設整備推進法案」、通称「カジノ法案」が審議されています。
 すなわち日本もカジノを合法にして、それを中核にしたリゾート地域を作ろうというわけです。
 これについては北海道、秋田、千葉、神奈川、大阪、長崎、沖縄などが誘致に熱心ですが、石原都知事、猪瀬都知事時代には熱心であった東京都は舛添知事になった今年8月に方向転換し、慎重施政になりました。
 その主要な理由は治安の悪化と賭博依存の増加です。

 賭博というのは人類の登場とともに誕生した娯楽という説もあるほど古くから存在していますが、国民が熱中すると労働をしなくなり、人心も荒廃するということに危機感を抱く為政者が禁止したり規制をしたりして、どちらかといえば抑制してきた歴史の方が長い娯楽です。
 ところが賭博を公的に運営すれば税収が上がると気付いた為政者が国家で管理するカジノを営業するようになります。
 1638年にベネチアで開設された世界最古とされる「カジノ・デ・ベネチア」から始まり、18世紀にはドイツのバーデンバーデン、19世紀にはモナコのモンテカルロなどに広がります。
 ナポレオンも当初はカジノを禁止していたのですが、国家の税収が不足してきたために次第に例外を認めて緩和し、その伝統を継承してフランスには160以上のカジノが存在します。

 20世紀になると一気に拡大し、アメリカではネバダ州が1931年に合法とし、世界最大のカジノ都市ラスベガスを誕生させ、現在では10州で合法になっています。
 さらに第二次世界大戦後になるとスペイン、オランダ、オーストラリア、ケニア、セネガル、南アフリカなどが次々と合法にし、現在では世界の120の国と地域で合法となっています。
 いずれも目的は経済効果で、世界最大のカジノを運営するマカオには2000万人の観光客が到来し、カジノの売上は年間約4兆9000億円で世界1位、2位のラスベガスの1兆1000億円を大きく上回っています。

 このような背景を根拠に、日本で横浜、大阪、沖縄の3カ所にカジノを開いた場合、経済波及効果は2兆1000億円という推計もあります。
 これは日本の国内総生産480兆円の0・4%に相当しますから無視できないわけではありませんが、その代償として賭博依存症が増大するというマイナスを無視することはできません。
 厚生労働省が2009年に発表した調査結果によると、日本ではパチンコや競馬、競輪などの賭博依存症の人数は男性で483万人(成人男子の9・6%)、女性で76万人(1・6%)、合計して559万人で成人の5・6%になっています。
 これはアメリカの2008年の調査の0・6%、韓国の0・8%などに比較して、かなり高い比率になっています。
 一方、アルコール依存症は日本の男性で95万人(成人男子の1・9%)、女性で14万人(0・3%)でしかありませんから、現状でも賭博依存症は飲酒よりも大きな社会問題になっていることが分かります。

 賭博依存症は、かつては意志薄弱とか性格未熟など個人の資質の問題と片付けられてきましたが、1970年代以後は精神疾患、すなわち病気とする傾向にあります。
 しかも病気の中で周囲の人間を傷付ける度合において、賭博依存症以上の病気はないという意見もあるほど、マイナスの影響が大きい病気です。
 もちろん、パチンコや競馬・競輪なども経済効果はありますが、仮に賭博依存症とされる560万人の人が労働により日本の1人あたりGDP380万円に相当する生産をするとすれば、20兆円以上になります。
 ここには治安の悪化などの懸念材料は含んでいませんが、2兆1000億円の収益を得るために、これ以上の賭博依存症を増やすような政策は経済効果だけを考えても慎重に検討する必要があると思います。





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