TOPページへ論文ページへ
論文

 今日はDNA解析の威力についてご紹介したいと思います。
 先週、スコットランドのネス湖に生息していると噂されている未確認生物「ネッシー」はほぼ実在しないという情報が発表されました。
 ネス湖というのは氷河期に氷河が地表の岩石を削り出した谷間に水が溜まった湖で、長さは36キロメートルもありますが、幅は最大でも2キロメートルという細長い湖で、面積は56平方キロメートルですから、琵琶湖の12分の1くらいで、十和田湖とほぼ同じです。
 そのような小さな湖になぜ大きな恐竜のような生物が生息している可能性があると考えられているかというと、極めて深い湖だからということで、最大230メートルの深さがあります。日本で深いと言われる摩周湖が211メートルですから、それに匹敵する深さです。

 この小さな湖が世界的に有名な理由は「ネッシー」と呼ばれる首長竜プレシオサウルスのような未確認生物が生息していると噂されてきたからですが、これは最近のことではなく、意外にも西暦690年頃に書かれた『聖コロンバ伝』という聖職者の伝記の中に565年に目撃されたと書かれているという古い歴史があります。
 しかし、一気に話題になったのは1933年に湖畔でホテルを経営する夫婦の目撃談が新聞に報道され、さらに翌年、ロンドンの外科医が鳥の撮影のためにネス湖に行った時に撮影したという写真が発表されたことで、先週の新聞記事にもこの写真が紹介されています。
 ところが60年後の1993年に、この写真はトリックであると告白され偽物ということになってしまいました。
 玩具の潜水艦に30センチメートルほどの首長竜の模型をつけて撮影し、エイプリルフェールの冗談で発表したところ世界中で話題になってしまったので、引くに引けなくなってしまったというわけです。

 そもそもネス湖は1万1000年前までは氷河に覆われていたので、6500万年前には絶滅したとされるプレシオサウルスが生存しているというのは無理ですし、爬虫類が長期的に繁殖するためには数10頭が生息している必要があり、そうであれば頻繁に呼吸のため浮上してくる姿が目撃されるはずだということで、やはりネッシーはいないということになりました。
 それでもイギリスの公共放送BBCが2003年に、資金を提供し600台のソナーを使って水中を探査しましたが、やはり成果はありませんでした。
 そして今回、生息していないという決定的な証拠を示したのがDNA解析です。
 DNAはすべての生物の細胞の中に存在する生物の設計図と言われる物質で、4つの物質を組み合わせて生物の遺伝情報を記録しているものです。
 その遺伝情報は生物の種類ごとに違うので、それを調べれば生物を特定できるということになります。
 かつては大変に時間のかかる仕事で、例えばヒト1人分の遺伝情報をすべて調べるのには13年間の年月と3000億円以上の費用をかけた国際プロジェクトが必要でしたが、高速で解析できる装置が開発され、現在では2日間くらいで費用も10万円くらいで可能になっています。

 そこで今回の話題になりますが、かつては湖にどのような生物が生息しているかを調べようとすると、潜って目視で調べたり、網で生物を掬って調べることが必要でした。
 ところが最近では、湖の水を掬って、そこに含まれている生物の糞や毛や鱗や皮膚の一部などを集め、それらの遺伝情報を調べれば、どのような生物が生息しているか簡単に調べることができる環境DNA多種同時検出法(メタバーコーディング)が使われるようになっています
 例えば、神戸大学や京都大学など、いくつかの大学の合同研究チームが2013年から京都の日本海側の舞鶴湾で魚の種類を調べていますが、海に140回も潜って調べた方法では80種類の魚を観察できたのですが、メタバーコーディングで調べたところ128種類も生息していることがわかったという結果が報告されています。

 今回のネス湖についても、ニュージーランドの大学などを中心とするイギリス、デンマーク、アメリカなど7カ国の国際研究チームが、ネス湖の様々な水深の300箇所から水を集め、メタバーコーディング法で分析したところ、現在のところネッシーのような古代の爬虫類を示す証拠は発見できず、巨大なウナギであれば可能性があるという結果を発表しました。

 最近は犯罪捜査でDNA鑑定という言葉が頻繁に登場しますが、技術が急速に進歩し、きわめて僅かな物から判定ができるようになっています。
 よく利用されるのは血縁の鑑定です。
 話題になったのは、2013年に俳優の大沢樹生(みきお)さんと喜多嶋舞さんの間に生まれた長男の血縁関係をDNA鑑定したところ、大沢さんと長男との親子関係は0%という結果になった事件です。
 DNA鑑定というと、以前は高価だったのですが、最近は私的な鑑定であれば数万円で可能になっているため、簡単に利用されるようになりました。

 次に利用されるのは犯罪捜査です。
 以前は血痕などの血液で調べていましたが、最近ではシャツについた汗のシミやピアスに付いた僅かな皮膚からも分析可能ですし、最新技術ではモノに触った指の汗程度でもDNA分析ができるそうですから、証拠を残さないのは至難の技になりつつあります。
 素晴らしい技術ですが、一方では夢をなくすことにもなります。今回のネス湖の研究のきっかけは研究の中心となっている大学の先生の10歳の子供がネッシーの存在に期待していたので確かめてみようということだそうですが、子供の夢は破れてしまいました。
 「旧約聖書」にアダムとイブが知恵の果実を食べたために楽園を追放されたという話がありますが、知ることは良いことだけではないということを人類は昔から気付いていました。
 最近の情報技術は人間に知るという能力を急速に与えていますが、それが幸福かどうかは複雑です。改めて情報技術の使い方を考える時代だと思います。





designed by BIT RANCH / DEGITAL HOLLYWOOD
produced by Y's STAFF
Copyright(c) Tsukio Yoshio All Rights Reserved.