TOPページへ論文ページへ
論文

 最近、DNA鑑定がビジネスとして話題になっています。
 日本ではインターネット・オークションやゲーム・ソフトウェアの会社で、横浜DeNAベイスターズの筆頭株主としても有名なDeNAの子会社「DeNAライフサイエンス」が東京大学医科学研究所と共同で今年8月から「マイコード」というサービスを開始しました。
 インターネットで申し込むと検査キットが送られてくるので、その容器に唾液を入れて返送すると、2週間から3週間でDNA分析結果をウェブで見ることができるという仕組です。
 検査項目はガンや生活習慣病について、値段によって280項目、100項目、30項目の発症リスクなどが対象になります。
 やはりインターネット・オークションなどの会社「ヤフー」も、東京大学の現役大学院生が創設したベンチャー企業「ジーンクエスト」と共同で同じようなサービスを来月から開始すると発表しています。

 海外では先行している会社も多く、グーグルはカリフォルニアに「23アンドMe」という会社を設立してサービスをおこなっていますし、中国では中国政府が9割を出資する「上海バイオチップ」が2001年からサービスを行っています。

 このようなビジネスが盛んになったのは、解読技術が急速に進歩したことと同時に、DNA検査が実際の社会で役に立っているという背景があります。
 話題になったのが今年3月の袴田巌(はかまだいわお)被告の死刑と拘置の執行停止と再審が決定したことです。
 1966年に静岡県清水市で発生した放火殺人事件で1980年に死刑が確定していた袴田(元)被告が釈放されたのですが、その理由の一つがシャツに付着していた血液のDNAが袴田(元)被告のものと一致しないことでした。
 また1990年に発生した栃木県足利市での殺人事件で翌年に菅家利和(すがやとしかず)さんが逮捕され、2000年にDNA鑑定の証拠能力が認定されて無期懲役が確定したのですが、再審により当時のDNA鑑定は証拠能力がないという判決で無罪になっています。

 犯罪捜査以外にも、DNA鑑定が話題になっている出来事があります。
 アメリカの女優アンジェリーナ・ジョリーがDNA鑑定の結果、乳癌になる確率が87%という診断を受け、また、母親も乳癌により57歳で早逝していたこともあり、2013年に乳腺を切除する手術を受けたことが話題になりました。
 日本では芸能人夫婦(大沢樹生(みきお)と喜多嶋舞)の子供が夫婦の間の実子であるかどうかが問題となり、DNA鑑定の結果は男性の子供の確率ゼロという結果が報道され話題になっています。
 さらに東日本大津波で亡くなられた方々の身元確認にも役立っています。

 このような成果を見ると役に立ちそうですし、検査も唾液や口腔内の粘膜を綿棒に付けて返送する簡単な方法ですし、料金も1万円から高くても数万円ですから試してみようという気になるかも知れませんが、問題がないわけでもありません。

 第一はどのような病気についても発症確率が分かる訳ではなく、対象は癌や生活習慣病が中心ということです。それらの発症は生活習慣や職業環境などの「環境要因」と、遺伝で受け継いだ「遺伝要因」の両方の影響によりますが、その影響力は環境要因のほうが強いのです。
 したがって、DNA検査で肺癌の確率が低いと判断されて安心し、喫煙を続ければ発症する可能性は男性で2・2倍、女性で1・4倍になるそうですから、DNA検査をする以前に禁煙するほうが重要ということになります。

 第二は情報が漏れるという問題です。
 日本では今年7月にベネッセ・コーポレーションの保管していた顧客である子供の個人情報が3500万件以上も流出したということで問題になっていますが、究極の個人情報と言っても過言ではないDNA情報が流出すれば、場合によっては深刻な事態になります。
 2010年6月にはグーグルが関係している「23アンドMe」のサービスで96人分の情報が誤って他人に送信されるという事件がありました。
 ある夫婦の場合、息子の情報に自分たち両親にはない血色素症の遺伝子があると記載されており、出産のときに病院で間違われ自分の子供ではないのではないかと疑心暗鬼になるという騒動も発生しています。
 場合によっては夫婦関係に深刻な疑念を発生させることにもなりかねません。

 このような過失による情報漏洩も問題ですが、さらなる問題はDNA情報が意図して研究などに流用されることです。
 『ニューズウィーク日本版』の9月23日号によると、アメリカでは全州で新生児に血液による「マススクリーニング検査(先天性代謝等検査)」を義務づけており、毎年、約400万人の新生児について30種類から60種類の疾患の有無を検査しているそうです。
 400万人のうち0・3%に相当する1万2500人に先天性疾患が発見されているので、この検査自体は有用ですが、問題は多くの州の保健局で、収集した血液を「バイオバンク」に保存し、被験者に知らせることなく研究用に貸出していることです。
 現在はDNA検査ではなく、血液を濾紙に染み込ませる方法で検査されていますが、やがてDNA検査になるであろうし、貸出を受けた研究機関はDNA解析をすることは明らかです。

 雑誌『ウェッジ』の最新号によれば、最初に御紹介した中国政府が9割を出資する「上海バイオチップ」は日本にも20社以上の代理店があり、日本の子供たちの情報も収集されている可能性があります。
 現状では、分析結果が具体的にどのように利用されるかは明らかではありませんし、全体の0・01%程度しか解析していませんが、DNA解析の速度が高速になればフルゲノム解析が可能になり、それらをビッグデータの手法で分析していけば、どのような目的に利用されるかは想像できません。
 志賀直哉の『暗夜行路』、最近では東野圭吾の『分身』など、出生の秘密を素材にした小説は数多く執筆されていますが、それが素材にならない時代が登場するかも分からないのです。





designed by BIT RANCH / DEGITAL HOLLYWOOD
produced by Y's STAFF
Copyright(c) Tsukio Yoshio All Rights Reserved.