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論文

 先週金曜日の5月23日に環境省が「湿地が有する経済的な価値の評価結果について」という発表をしました。
 内容は日本に存在する湿原や干潟の価値は金銭に換算すると年間1兆5000億円になるということです。
 これは一般的に「エコシステム(生態系)サービス」といわれる概念で、自然環境が社会にもたらす恩恵を金銭に換算した結果の数字です。
 例えば、湿原は二酸化炭素を吸収する効果があると説明しても、一般の人々には、その恩恵の実感がありません。
 そこで金銭に換算すれば、多くの人々が理解するのではないかということで、経済学的な手法で自然環境の恩恵を金額で表現したということです。

 どのように計算するかは後で説明させていただきますが、主要な価値を紹介します。
 日本には東京都23区の1・7倍に相当する1100平方キロメートルの湿原がありますが、その湿原が二酸化炭素を吸収する価値が年間31億円、また大雨が降ったときに遊水池の役割をして洪水を防ぐ価値が645億円、様々な動物や植物の生息環境を提供する価値が1800億円などと計算され、それらを合計すると9700億円になります。
 同様に横浜市の面積の1・1倍に相当する490平方キロメートルの干潟がありますが、汚水を浄化する価値が年間2960億円、生物が生育する環境を提供する価値が2200億円などを合計すると6100億円で、この湿地と干潟の両方の恩恵を合計すると、1兆5000億円になるということです。

 この計算の方法はいくつかありますが、分かりやすいのは「代替法」です。
 湿原は大雨が降ったときには洪水を防止し、逆に雨が降らないときには水を供給する貯水池の役割をしています。
 もし湿原が埋立てられて無くなってしまえば、代わりにダムを建設して洪水防止や貯水の機能を維持する必要がでてきます。
 その建設費や維持管理費をもとに、1トンの水を貯水するための単価が計算できます。
 そこで湿原の貯水できる水量を計算し、その水量を貯水できるダムの建設費用を計算すれば、湿原の洪水を防ぐ価値や貯水する価値を金銭で計算できることになります。

 評価の内容によっては仮想評価法(CVM)というアンケートによる方法も利用されます。
 湿原が生物の生息環境を維持する価値について、もし湿原を維持すれば、サケの数が2倍に増えるとして、そのために貴方は何円までであれば支払っても良いと考えるかを多くの人に回答してもらい、その平均値を価値とする方法です。

 このような計算は今回初めておこなわれたわけではなく、これまで数多くの推計が実施されています。
 大規模な推計では、地球全体の自然環境を、森林、草原、湿地、砂漠、海洋、海岸、耕地、都市などに分けて単価を計算し、それぞれの面積を掛算すると、3300兆円の価値があるという結果が発表されています。
 参考までに単位面積あたり、もっとも価値があると推計されているのは湿原でヘクタールあたり年間150万円、もっとも低いのは開発して宅地にしてしまった土地で、価値はゼロです。
 自然を経済の視点で評価する価値と環境の視点で評価する価値がいかに違うかが理解できると思います。
 2013年の世界の国民総生産の合計金額が8400兆円ですから、その40%に匹敵する恩恵をもたらしていることになります。

 2週間前に日本の林業の生産額について、木材とシイタケなどの生産の合計で約4000億円という数字を御紹介しました。
 しかし、森林には水源を維持する価値、土砂崩壊を防ぐ価値、酸素を発生する価値などがあり、それらを合計すると75兆円になるという推計があります。
 日本の森林は木材を生産するという経済価値の180倍も環境の視点からは貢献していることになります。
 水田についても同様の計算がされています。
 現在の日本のコメの生産額は1兆8000億円程度で、1990年代の半分でしかありません。
 しかし、水田にも貯水池の役割によって洪水を防ぐ、棚田などは斜面の崩壊を防止するなどの価値があり、それらを合計すると8兆2000億円になるという推計があります。
 これも経済価値の4・5倍の価値です。

 問題は森林を維持している林業家や、水田を維持している農家には、そのような自然の価値に見合う収入はないということです。
 そこでイングランドでは農業環境支払制度(エンバイロメンタル・スチュワードシップ・スキーム)という方法を考案し、実施しています。
 スチュワードシップというのは面倒を見るという意味ですから、環境を保全している価値を金銭で償うという仕組です。
 農地は田園景観を維持する価値、カワウソや野鳥などの生物を生育し遺伝子資源を保護する価値、ストーンサークルやローマ時代の城壁などの歴史遺産を維持する価値など、穀物や家畜の生産とは違う役割も果たしています。
 この制度では、それらの役割を金銭に換算し、農家に支払うという仕組です。
 2007年から昨年までの7年間で4兆円弱、平均すると年間5400億円が支払われています。

 日本では民主党が2009年の選挙のときに「農業者戸別所得補償制度」をマニフェストとして掲げ、2010年度に5600億円、11年度に6300億円、12年度に7600億円が予算として確保されました。
 金額はイングランドの政策に近いのですが、目的が食糧自給率向上であり、支給は全国一律で10アールあたり1万5000円という制度で、似て非なる制度でした。
 農業への補助はアメリカでもEU諸国でも広く実施されていますが、農産品の生産という経済的目的だけではなく、環境保全まで視野を拡大した制度にすることが時代に対応する政策ではないかと思います。





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