TOPページへ論文ページへ
論文

 一昨年7月4日に首相官邸のホームページに「電子行政オープンデータ戦略」という報告が発表されています。
 多くの方にとってオープンデータという言葉は馴染みがないかも知れませんが、その報告の「まえがき」を読むと「公共データは国民共有の財産であるという認識のもと、公共データの活用を促進し、国民生活の向上、企業活動の活性化などを図り、社会経済全体の発展に寄与する」と書かれています。
 分かりやすく説明すれば、これまで政府機関が蓄積してきた情報を自由に利用できるように公開するということです。
 一般的には、著作権や特許などの制約なしに、だれでも自由に利用できる状態にある情報を「オープンデータ」と言いますが、政府の保有する情報もオープンデータにしていくということです。

 これは科学の分野では50年以上前から提唱されていた概念ですが、政治や行政の分野では利害関係が複雑なために大幅に出遅れ、2009年にアメリカ、イギリス、ニュージーランドが政府情報を公開するウェブサイトを開設し、2010年にノルウェイ、ロシアなど、2011年にオーストラリア、カナダなど10数カ国が追随し、現在では200以上の国や地域や地方がオープンデータのウェブサイトを開設しています。
 残念ながら、日本は昨年12月に、政府の公開データを集めた「データカタログサイト」のテスト版を作ったところですから、大幅に遅れた状態です。

 オープンデータが注目されるのは、情報を多数の人々が共有することにより、国家単位でみれば国力が増大し、世界全体で見れば秩序が維持されるなどの効果が期待できるからです。
 一例として、オープンデータを基本方針とするウィキペディアを見ると分かりやすいと思います。
 ウィキペディアは2001年に開始され、情報を無償で公開し、だれもが自由に執筆や編集に参加できるという、オープンデータを象徴するような仕組で運営されています。
 出発時点では英語による25の項目が存在するだけでしたが、1年後には14の言語で2万1000項目、10年後の2010年1月には210以上の言語で1480万項目になり、現在では243言語で3000万以上の項目が掲載されています。

 この数字を書籍による情報と比較すると、その共有の規模が実感できます。
 現在、英語の項目は約450万ですが、英語の最大の百科事典「エンサイクロペディア・ブリタニカ」の約20万項目と比較すると22倍以上です。
 その結果、利用される回数は1時間あたり900万回以上になっています。
 日本語の項目は約90万項目ですが、これは平凡社の「世界大百科事典」の42万項目の2倍以上になり、利用回数は1時間で120万回です。
 つまり、オープンにすると、多数の人々が協力し、技術が躍進し、利用も急速に拡大することを意味します。

 これは政府の戦略の「まえがき」にあるように、企業活動の活性化になりますが、いくつかの事例を紹介します。
 ロンドン交通局は地下鉄の運行状況をリアルタイムで公開しており、その情報をグーグルマップで確認することができます。
 ここまでは公的機関の仕事ですが、「ITOワールド」という会社が、ある路線で列車が停止してしまった場合、ただちに代替の路線や所要時間を提供するというサービスを始め、新しいビジネスになりました。

 アメリカでは「クライメート・コーポレーション」という2006年に設立されたベンチャー企業が、国立気象サービスがリアルタイムで提供している250万カ所の気象情報と農務省がオープンデータとして提供している過去60年分の全米1500億個所の土壌の情報や収穫の情報を組合せ、地域ごと作物ごとの収穫へ及ぶ被害を予測し、保険料を算定するサービスを開始しました。
 この成功に目をつけた世界最大の種子会社モンサントは、昨年10月に、この会社を1100億円で買収しました。
 日本は政府のオープンデータ戦略が始まったばかりで、まだ本格的なビジネスが登場していませんが、これからの有望なビジネス分野になると思います。
 もう一つ重要なことは、「オープン」という概念が、これからの社会で重みを増すことです。
 まず「オープンソース」です。これはコンピュータの基本ソフトウェアである「OS」について内容(ソースコード)を公開しているものです。
 現在、携帯電話は半分以上がスマートフォンになりましたが、そのスマートフォンの8割以上が「アンドロイド」というOSを使用しています。
 この躍進の原因は「アンドロイド」はグーグルが無償で提供しているオープンソースのソフトウェアということです。
 同様にパソコンでもグーグルが無償で提供するオープンソースの「クロームOS」が急速に台頭しています。
 これらは無償という以上に、内容は分かっているので、最近、話題になった「バイドゥIME」のような盗聴などの問題を防ぐことが出来るという利点があります。

 学術関係では「オープンアクセス」という概念も使用されます。
 これは査読(一種の審査)されて学術雑誌に掲載された論文をインターネットを通じて無料で閲覧可能にすることを示しますが、アメリカでは国立衛生研究所(NIH)の予算によって行った研究成果は1年以内にオープンアクセス状態にすることが義務づけられるなど、社会に広まりつつあります。

 しかし、何事もプラスだけではなくマイナスもあります。
 例えば、ロンドンの地下鉄が何処を走っているかとか、旅客機が何処を飛んでいるかがリアルタイムで分かるということは、テロの標的になる可能性もあります。
 またかつて、フィル・ジマーマンというコンピュータ技術者がPGPという高度な暗号技術を1991年にインターネットで公開したところ、アメリカ政府は通信傍受が困難になるという理由でジマーマンを訴訟した事件もありました。
 しかし、歴史を眺めると、オープンにした社会が力を発揮して発展していることは明らかですし、ジョージ・オーウェルの描いた「1984年」のように一部の権力者によって情報が管理されない社会にならないようにするためにも、オープンは情報社会にとって重要な概念だと思います。





designed by BIT RANCH / DEGITAL HOLLYWOOD
produced by Y's STAFF
Copyright(c) Tsukio Yoshio All Rights Reserved.