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論文

 今日は人工知能の最新事情を御紹介したいと思います。
 昨年11月に代々木ゼミナール本部校で「ロボットは東大に入れるか」というシンポジウムが開かれました。
 2年前の2011年12月に国立情報学研究所が東京大学の入学試験を突破する人工知能を2021年までに開発すると発表しましたが、その中間結果が報告されたのです。
 「東ロボくん」と名付けられた人工知能が代々木ゼミナールの作成した英語、数学、国語、歴史など7科目の大学入試センター試験の模擬試験問題と、東京大学の文系と理系の数学の模擬試験問題に挑戦しました。
 全体の成績では偏差値が45になり、私立大学579校のうち403校については合格可能性が80%以上のA判定、そのなかでも歴史の問題は暗記能力に優れた東ロボくんが全国平均点を上回り、東京大学の数学の問題では東ロボくんの開発に参加している数学者も解けないような難問を短時間で解いてしまい、偏差値も60(全体の16%)を超える優秀な成績でした。

 ここ数年は人工知能で話題になる成果が発表されており、昨年、この番組でも御紹介した「将棋電王戦」でコンピュータが現役の棋士に勝ったというのも一例ですが、さらに高度な勝利は2011年2月にIBMが人工知能専用に開発した「ワトソン」というスーパーコンピュータがアメリカで人気のある40年以上も続いているクイズ番組「ジェパディ!」に出場し、74連勝という記録をもつ人間の回答者に勝つという偉業をなしとげたことです。
 この人工知能の開発は2006年から始まったのですが、100万冊の書籍に相当する知識を蓄え、一秒間に80兆回の計算を出来るコンピュータを準備した結果です。
 この1月9日には、IBMは「ワトソン」を一般向けに利用できる事業にするため、社員2000人の事業部門を新設し、1000億円を投資すると発表しました。
 人工知能が学者の研究段階から実業に転換した歴史的な年になるかも知れません。

 そもそも人工知能とはどのような技術かということですが、1950年にイギリスの天才アラン・チューリングが「コンピュータと知能」という論文でチューリング・テストと言われる判定方法を提言したことが発端でした。
 ある部屋に人間とコンピュータが入り、別の部屋に判定する人間が入ります。コンピュータが会話を理解できるように、判定する人間がキーボードから質問を送り、それぞれが文字で回答をディスプレー装置に返します。
 両者の内容を見て、どちらがコンピュータの回答か分からなければ、そのコンピュータは人間と同等の知能を持っていると判定するという訳です。

 そのような背景から、1956年夏にアメリカのダートマス大学に、マービン・ミンスキー、クロード・シャノン、ハーバート・サイモンなどコンピュータや通信の分野の一流の学者が10人集まり、人工知能の研究をしようと宣言し、ここで初めて人工知能(アーティフィシャル・インテリジェンス)という言葉が誕生しました。
 当時の主要な目標は、人間が話すままの言語をコンピュータが理解する自然言語理解、人間が話す音声を理解する音声認識、人間が顔を見分けることが出来るような画像認識能力、三段論法のように色々な規則から結果を推論する能力の開発などでした。
 音声認識は「カーナビゲーション」などで実用になっていますし、画像認識も事前に登録された顔に焦点をあわせるデジタルカメラなどで使われ、自然言語処理も「iPhone」などで利用され、着実に成果が現れています。

 実用になっている多くの分野は、チェスや将棋のように明確な規則がある分野や、自動停止する自動車の画像認識のように、限定された範囲内の対象を識別すれば良い分野で、しかも部分的な利用でしかありません。
 しかし、企業が本格的に挑戦しはじめると、社会に大きな影響を及ぼすことになり、プラスの側面だけではなくなります。
 1960年代の後半、僕は趣味でコンピュータを使った作曲をしていました。例えば、モーツアルトの音楽は、ミの音の次にソが来る確率は何%とか、四分音符の次に八部音符がくる確率が何%かの統計を取り、それに合わせてコンピュータが音を連ねていくと、モーツアルト風に聞こえる音楽を作ることが出来るという遊びですが、最近では歌詞をコンピュータに入力すると、その内容を理解し、それに合った音楽が短時間で作曲され、演奏もコンピュータがしてしまう時代です。一部の作曲家は失業の危機です。

 1980年代には施主が条件を示すと、その希望に合うような住宅を設計するシステムも研究しました。
 例えば、もう少し広くしてほしいと要望されると、施主の予算に応じて、お金持ちであれば一部屋追加するし、そうでなければ出窓程度で我慢してもらうというような対応を自動的にするシステムです。
 当時はパソコンを使っていましたので、平面図を作るのが精一杯でしたが、現在では簡単に全体を設計し、下手な建築家に頼んで雨が漏るとか、強度が不足するというような問題のない住宅の設計が可能になります。
 これも三流の建築家にとっては厄介なシステムです。

 このような技術が進んでいくと、心配されるのは既存の社会に組込まれた制度や習慣が崩れ、さらには人間の職業が脅かされることです。
 人工知能は直接関係していませんが、1999年には国内に2万2300店の書店がありましたが、2013年には1万4200店と6割に減ってしまいましたが、これはネットショッピングと電子ブックの影響です。
 人工知能でまず考えられる影響は言葉に関係する仕事です。重要な会議では速記録を作成していましたが、コンピュータの自然言語の理解能力が高まれば、人間が速記をし、後で文字にするという仕事は不要になります。
 小学校から英語教育の授業を始めるという動きもありますが、すでにiPhoneに入っている初歩的な自動翻訳システムが発展すれば、長い時間を使って外国語を勉強することも無駄になります。

 250年前の産業革命のときも、機械ができる仕事の分野では大量の失業者が発生し、イギリスではラダイト運動という社会運動まで発生しましたが、これからの人工知能革命でも同様の事態が再現する可能性があります。
 人間にしか出来ない仕事は何かを真剣に考える時代が始まったと思います。





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