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論文

 今週月曜日、2013ユーキャン新語・流行語大賞で「じぇじぇじぇ」「今でしょ」「倍返し」と並んで「お・も・て・な・し」が年間大賞に選ばれました。
 これは言うまでもなく、9月にアルゼンチンのブエノスアイレスで開かれた国際オリンピック委員会総会の2020年の開催都市を決定するための最終プレゼンテーションで、滝川クリステルさんが冒頭「私たちは皆様を特別の気持でお迎えします」と切り出し、「日本語では、それをたった一語で表現できます。お・も・て・な・し」と言ったことから国際的に有名になった言葉です。

 その精神の証拠として「東京で何かをなくしたら戻ってきます。たとえ現金でも」と例を挙げ、昨年1年間に30億円の現金の落とし物が警察に届けられているほどだと安全な都市・東京を宣伝しました。
 これは嘘ではありませんが、一方で現金を落としたと警察に提出された遺失届の金額は84億円だそうですから、戻ってきたのは3分の1で、そこを隠した巧妙な演説だったということになります。

 しかし、おもてなし精神が国際的に評価されていることは間違いないことで、以前にも紹介させていただきましたが、世界経済フォーラムが今年4月に発表した「観光競争力報告書」によると、日本の観光に関する制度や体制は世界24位、観光の名所や史跡などの資源は10位ですが、観光客をおもてなしする精神は堂々の1位になっていますから、滝川クリステルさんの演説も誇張ではないと思います。
 やはり滝川さんの演説の中に「この精神は私たちの祖先から受け継がれたものです」という言葉がありますが、これも数多くの事例があります。

 その中でも有名な一例は謡曲「鉢の木」です。
 ご存知の方も多いと思いますので、粗筋のみを説明しますと、鎌倉幕府の第5代執権となった北条時頼が出家して諸国を巡っているとき、大雪の中、上野国(こうずけのくに)佐野荘のあばら屋に一夜の宿を求めます。
 主人が留守であったため、家人が断ってしまいますが、帰宅した主人が旅の僧を追いかけ呼び戻し、薪が足りなくなったとき、秘蔵の鉢植えの梅、松、桜を切って囲炉裏にくべたという話です。
 その後のドラマは省略しますが、立派な盆栽は現在では億円単位のものもありますから、まさに無私無欲のおもてなしの精神です。

 滝川さんは、それに続けて「現代の日本の超近代的な文化にも根付いています」と説明していますが、その実例を次に御紹介したいと思います。
 2009年から日本旅館協会などが主催し、JTB総合研究所が事務局として開催している「日本の宿おもてなし検定」という仕組があります。
 事務局の方に伺うと、ホテルは比較的、従業員の研修などが行われているが、和風旅館は十分ではないので、それを補うために作られたということですが、最初に「初級試験」を受け、合格すると翌年以後に「中級試験」を受けることができる制度です。

 まず「日本の宿おもてなし検定公式テキスト」を購入して準備をします。
 初級編を読んでみますと、予約の心得から始まり、御客様の到着前の準備、お出迎え、部屋への案内、食事の提供、お休み前の支度、朝食の提供、精算、お見送りと一連の仕事についての心得が書いてあります。
 例えば、お辞儀の仕方についても、廊下などで御客様とすれ違うときは相手の肩先を見る程度の15度の角度で1秒くらい会釈をし、向かい合って挨拶するときは相手の足元を見る程度の30度で2秒の礼をし、お出迎えや御詫びのときは45度に頭を下げて3秒などとなっています。

 実際に試験問題として出題され、正解の割合が低かった例を紹介すると、なかなか大変だということが分かります。
 和室の客室に入るときの襖の開け方と閉め方が解説してありますが、まず襖から30cm離れて座り、引手に近い方の手で10cmほど開ける。そして手を襖の端に沿って下し、敷居から30cmほど上の箇所を押して身体の正面まで開け、反対側の手で身体が通れるほどの間隔に開ける。
 閉めるときは、その逆をするということで、僕などは緊張して襖の開け閉めが出来なくなりそうですが、間違った回答が6割近くでした。
 中級編になると、さらに難しく、客室の座卓の前に4人の御客が座ったとき、どの順番で御茶をお出しするかという問題では、ついつい向い側に座った方からと思いがちですが、床の間を背にした奥の人が1番、同じ側の入口に近い手前の人が2番ということだそうです。

 試験結果は、初級編の過去5回は平均点がほぼ50点前後、合格率は高いときで85%、低いときで63%ですし、中級編では平均点が45点前後、合格率は1回目こそ92%でしたが、3回目は41%、今年の4回目は50%となかなか厳しい試験になっています。
 僕など育ちが悪い人間は、たまにおもてなしで高い評価を受けている和風旅館に到着すると、数十人の従業員の方々が両側に並んで挨拶されるともじもじしてしまいますし、専属の係の者が案内しますといわれると落ち着かないので、一人で部屋に行ってしまいますので、公式テキストに書かれていることが、すべて適切とは思いませんが、それでも日本のおもてなし精神を理解するのには、よく出来た解説書だと思います。

 初級試験は、毎年3000人前後、中級試験は1000人前後が受験されており、いずれも80%近くは宿泊業関係の方々です。
 しかし、この検定は初級で3000円、中級で3500円の受験料を払えば一般に解放されていますし、試験はインターネットで回答する方式なので、公式テキストを参照しながら回答することも可能です。
 来年の試験は7月1日から18日の予定で開催されますので、2020年の東京オリンピックを目指して、おもてなし精神を確認するために受験されるのも良いのではないかと思います。





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