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論文

 先週、文化庁は国が指定している重要文化財10524件のうち、85件が行方不明で、そのうち国宝6件を含む57件については盗難届が提出されているという発表をしました。
 これはNHKの記者が、たまたま「千手観音立像」と「阿弥陀如来立像」が販売されているという情報を入手し、調査したところ2体とも国の重要文化財に指定されていることが分かったことが発端でした。
 そこでNHK報道局特別報道チームが手分けして全国を調べたところ、国宝1点を含む76点の重要文化財が行方不明になっており、そのうち少なくとも10点は文化財保護法の規定を無視して無断で売買されていることが分かったので、それを報道したところ、文化庁が調査を始めたという経緯です。
 文化庁は来年3月までに、すべての重要文化財について調査をする予定とのことです。

 これは珍しいことではなく、「浜の真砂は尽きるとも」の言葉のように、美術品の世界でも「盗人の種は尽きまじ」というほど盗難事件は相次いでおり、
 イギリスの民間組織が「アート・ロス・レジスター」すなわち「盗難作品登録簿」を作成しているほどです。
 日本での盗難から紹介したいと思いますが、古くは1968年に京都国立近代美術館で開催されていた「ロートレック展」で、フランスから借りていた当時の価格で3500万円の「マルセル」という作品が盗まれました。
 7年後の1975年に時効になりますが、その翌年、大阪の会社員が知人から預かっていた作品が盗まれた「マルセル」ではないかと連絡があり、発見されました。
 時効成立後であったため、詳細な事情は不明のままですが、作品は無事フランスの美術館に戻りました。

 2000年8月には東京都世田谷区の個人住宅から、シャガールや平山郁夫の作品5点とともに、ルノワールの描いた肖像画「マダム・ヴァルタ」が盗まれました。
 これは意外なことに13年が経過した今年9月、競売会社サザビーズがロンドンで開いた競売会に出品され、1億5000万円で落札されました。
 盗まれた持主が落札に気付いて盗まれた作品と分かったのですが、これは「アート・ロス・レジスター」には登録されていなかったので、持主が気付かなければ盗難は見事にビジネスとして成功するところでした。

 海外で頻繁に盗難に遭っている画家はエドヴァルド・ムンクです。
 最初が1994年でノルウェーの国立美術館の窓を破った犯人が最も有名な「叫び」を盗みますが、これは3ヶ月後に発見されました。
 次は10年後の2004年に、ムンク美術館で白昼堂々、観客の目の前で武装した強盗が「叫び」と「マドンナ」を盗みますが、これも2年後に発見されます。
 翌年にはホテルから「青い服」とリトグラフ2点が若者に盗まれますが、犯人は逮捕され、作品も発見されます。
 2009年には作品の輸送中にリトグラフ「別離2」が盗まれ、画廊でリトグラフ「歴史」が盗まれ、これは未発見という具合です。

 もう一人の頻繁に盗難に会っている作家がフェルメールです。
 まず1971年にベルギーのブリュッセルで開かれていた展覧会場から「恋文」が盗まれました。
 これは政治的意図による盗難で、数日後に犯人から新聞社に電話があり、パキスタンの内戦の影響でインドに避難した700万人の難民に4億円を送金すれば絵は返すという脅迫でしたが、犯人が逮捕され絵は戻りました。
 3年後、ロンドンの美術館から「ギターを弾く女」が盗まれ、今度も犯人はロンドンの刑務所にいるアイルランド独立運動組織IRAの犯人を北アイルランドの刑務所に移動させることという政治的要求をしましたが、2ヶ月後にアイルランドの邸宅から盗まれたフェルメールの「手紙を書く女と召使い」など11点とともにロンドン市内の墓地で発見されました。
 さらに12年後の1986年、同じ邸宅から、再び「手紙を書く女と召使い」をはじめ11点が盗まれますが、犯人は逮捕されます。
 1990年にボストンの美術館からフェルメールの「合奏」、レンブラントの「ガラリアの海の嵐」などの名作を含む13点が盗まれましたが、これはいまだに消息不明です。
 この一連の盗難事件はアイルランド独立運動という政治問題も絡んだ内容であり、2005年に『消えたフェルメールを探して』というアメリカ映画にもなっています。

 このような政治的意図での盗難は何度もあり、今月初めには、ミュンヘンのアパートの部屋に隠されていた大量の絵画が発見されました。
 シャガールの未発表作やピカソ、マチス、ルノワール、クールベなどの作品1406点で、現在の値段で1300億円の値打ちがあるそうです。
 経緯は1930年代から40年代に、ナチスがユダヤ人の画家の作品や内容が退廃的だという作品を持主から強制的に取り上げたもののようです。
 すでに何点かの絵画は売買されており、現在の持主は返還しないと主張しているという報道がされています。
 ナチスの活動も社会の混乱のなかで発生した事件ですが、湾岸戦争のときにはバグダッドの博物館から3000点以上の発掘品が盗まれていますし、アラブの春の反政府運動のなかで、2011年2月のエジプトのムバラク大統領が辞任する騒動がありましたが、そのときにはカイロの考古学博物館の屋根から内部に侵入した犯人がツタンカーメン王の木像やアメンホテプ4世の石像など18点を盗むという事件も発生しています。

 このような事例を整理してみると、金銭を得るための盗難、政治的要求を目的とする盗難、個人で所有したいための盗難などですが、最近は中国人が投資対象として仏像などを購入する例も増えています。
 日本の現状では大半の芸術品が寺院や神社や個人の所有ですが、地方で檀家や氏子が減っている状況でお寺や神社が維持できず、仏像を売らざるを得ないという動きもでています。
 国宝など重要な芸術品については、所有権はともかく、国が責任を持って管理する体制が必要ではないかと思います。





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