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論文

 この番組では6月にディズニーリゾートのホテルで明らかになった食品偽装事件を採り上げましたが、最近また、何件も同様の事件が発生しています。
 しかも大々的に報道されない事件も含めると、相当頻繁に発生しているようなので、改めて食品偽装問題を考えてみたいと思います。
 食品偽装はなかなか歴史のある問題で、ビー・ウィルソンという作家の『食品偽装の歴史』(2008)という本には、すでに古代ローマ時代から発生していると書かれています。

 それによると、1世紀のローマ帝国の政治家でもあった博物学者ガイウス・プリニウスの有名な『博物誌』に「非常に多くの毒がワインを好みに合うようにするために使われている」と書き、具体的に「ギリシャでは陶土、大理石の粉、塩、海水などで味を変え、イタリアでは樹脂を蒸留したピッチを使っている」と書いています。
 1985年にドイツ経由で日本に輸入されたオーストラリアの白ワインに甘味を増すために化学物質「ジエチレングリコール」が混入されており、大問題となったことがありました。
 ジエチレングリコールは1937年にアメリカで100人以上が中毒死した事件も発生している物質です。
 日本では人体への被害はなかったのですが、6万本以上の高級ワインが焼却処分されました。
 歴史は繰返すの言葉どおりです。

 ウィルソンの本によると、次に食品偽装が社会の話題になったのは、産業革命が盛んであった19世紀前半のイギリスだそうです。
 これはガス灯の実用化に貢献したフレデリック・アークムという化学者が1822年に発表した『食品の混ぜ物工作と有毒な食品について』という小冊子が貢献しました。
 そこではきれいな緑色のピクルスは銅の影響であり、赤色の菓子は鉛の影響であり、紅茶はリンボクの葉で増量されているなど、化学者ならではの警告が列挙されていました。
 その本には「深鍋の中に死がある」という言葉とともに、鍋の上に髑髏が鎮座している口絵があり、当時としては異例の1万部も売れて、19世紀の食品安全運動は、この言葉がスローガンになったほどの影響をもたらしました。

 しかし、そのような警告で社会が改まった訳ではなく、現代にまで危険な添加物や名前の詐称は続いているわけですが、その原因はアークムが「利益を求める飽くなき欲望にある」と書いていることに主要な原因があると思います。
 今回の阪急阪神ホテルでの食品偽装について、ホテル側は「不当な利益を上げようとの意図はなかった」と説明していますが、やはり仕入原価を下げたいという意識はあったのではないかと推察されます。
 しかし、それだけではない問題も見過ごすことはできないので、今日はその問題を考えてみたいと思います。

 阪急阪神ホテルの問題のメニュー表示を見て疑問に思ったのは「レッドキャビア」という食品の名前です。
 キャビアというのは黒色や青灰色しか見たことがなかったので、赤色のキャビアがあるのかと思ったところ、マスの魚卵のことでした。
 しかも今回はマスの卵ではなく、通称「トビコ」と言われるトビウオの卵だったということですから複雑な問題です。
 キャビアはペルシャ語の卵という言葉に由来するもので、ヨーロッパでは魚卵全体をキャビアと呼ぶそうですから間違いとはいえませんが、値段は本物のチョウザメのキャビアはグラム560円、レッドキャビアはグラム24円、トビコは6円ですから、やはり「利益を求める飽くなき欲望」が見え隠れしてしまいます。

 このような例は魚に多く、「シシャモ」は北海道の太平洋側で獲れるものだけの名前ですが、出回っている多くはロシア産の「カペリン」という別の魚です。
 アフリカ原産の「ティラピア」も「マダイ」として売れていますし、南アメリカ原産の「ロコガイ」も、一時は「チリアワビ」として売られていましたが、現在では「アワビモドキ」「ロコガイ」しか使わないことになっています。

   この背景にあるのは、人口の急速な増加に伴って、魚介のような天然の食材が不足気味になり、従来の食材の値段が高騰していくことに対する供給側の対抗策ですが、消費側も考えるべきことがあります。
 食品偽装表示は1980年代頃から増えはじめたといわれますが、それは女性の社会進出が盛んになり、外食とか、調理済みの食材を購入して自宅で食べる「中食(なかしょく)」が増えはじめた時機と重なります。
 人々が料理をしなくなったため、食材を直接吟味することが少なくなり、加工された料理でしか食材を確かめる機会がなく、偽装に余地を与えていることになるという仕組です。
 もうひとつ消費者側が考えるべきことは、中国が世界全体の野菜の供給量の50%、魚介の35%も消費する時代になり、食料供給事情が逼迫してきた現状では、かつての本物が安く手に入った時代とは条件が違っていることを認識すべきということです。

 私が子供の時代には、貧しいサラリーマン家庭でしたが、秋になると何度かマツタケが食卓に出ました。
 しかし、その時代よりは収入が多くなっている現在、マツタケはたまに料理屋に行ったときに薄切りを一切れ食べる程度になっています。
 そのような状況の中で安い値段で高級食材やブランド食材を食べることはそもそも難しいと考える必要があります。
 一方、供給者側も雪印、不二屋、赤福、船場吉兆などの過去の例を思い起こせば、偽装がばれたときには、大々的に報道され、その影響は甚大だということを意識すべきだと思います。
 時代の状況が大きく変化したことを知らないと、解決しない問題なのです。





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