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論文

 今日は「マグロの日」です。昨日10月9日は10(じゅう)と9(く)で「塾の日」というように、何々の日というのは語呂合わせが多いのですが、「マグロの日」は由緒正しい根拠があります。
 今から1287年前の神亀(じんき)3(726)年の旧暦9月15日、新暦に直すと10月10日に、万葉の歌人山辺赤人が聖武天皇のお供をして、現在の兵庫県の明石海岸を旅したときに、土地の人々がマグロ漁をしている光景を見て、
   「やすみしし/我が大君の神(かむ)ながら/
    高知らせる印南野(いなみの)の/邑美(おふみ)の原の荒たへの/
    藤井の浦に鮪(しび)釣ると/海人舟(あまふね)騒ぎ/・・・」
と詠んだ歌が万葉集に収録されていますが、この鮪(しび)がマグロのことなので、日本鰹鮪漁業協同組合連合会が1986年に制定した記念日です。

 マグロと日本人との関係は古く、縄文時代の貝塚からもマグロの骨が発見されているほどですし、先程の万葉集や古事記にも出てきます。
 しかし、マグロは腐りやすいうえに、「しび」という発音が「死日」と聞こえるので不吉だとされ、もっぱら下層階級の食べ物とされてきました。
 ところが近代になり冷蔵庫が開発され、赤味の部分を食べる風習は一般に浸透してきましたが、それでも食通で有名な北大路廬山人は「マグロは下手物であり、一流の食通を満足させるものではない」と書いていますし、現在では赤味より好まれるトロは腐りやすいので「猫またぎ」、すなわちネコにも見向きされないといわれるほどでした。

 しかし、冷凍技術が普及して日本人はマグロに目覚め、現在では世界の漁獲量の約15%が日本で消費されています。
 ところが日本にとって具合の悪いことに、1970年代後半からアメリカで肉よりも魚が健康に良いという理由で寿司や刺身が流行し、2007年の5万トンから4年後の2011年には9万トンと1・8倍に消費が増えました。
 さらに最近は中国人が海の魚に目覚めて大量に消費するようになり、これも同じ期間に6000トンから1万トンと1.7倍に増え、マグロが乱獲されるようになりました。

 そのような背景から、マグロ8種類のうち5種類が絶滅危惧種としてIUCN(国際自然保護連合)のレッドリストに掲載され、国際機関でマグロの漁獲制限をするなどの動きが活発になっています。
 日本の関係団体は反論していますが、クジラと同様、それほど魚を食べない国々の反対も強まり、制限されて行くことは避けられない国際状況です。
 そこでまず始まったのが「畜養」と呼ばれる技術です。
 これは天然のマグロを捕獲して、それを生け簀でエサを与えながら大きく育てるという方法ですが、もともとは天然のマグロを捕獲していますので、それほど資源保護には貢献しませんし、マグロを10キログラム太らせるためには200キログラムのイワシなどのエサを必要としますから、そちらの乱獲にもなりかねないという問題があります。

 そこで登場したのが「完全養殖」という方法です。
 まず捕獲した天然のマグロから卵を採取して、それから稚魚を孵化させて生け簀で育てるのですが、次にはその育てたマグロが産む卵から稚魚を育てることができれば、天然のマグロを捕獲する必要はなくなるという仕組です。
 和歌山県白浜町にある近畿大学水産研究所が1970年代から研究を開始し、悪戦苦闘の末、ついに2002年に世界最初のクロマグロの完全養殖に成功しました。
 私も食べたことがありますが、大海原に比べれば狭い生け簀の中で泳いでいるため運動不足で、やや脂肪が多いのですが、十分に寿司種や刺身として通用する味でした。

 これは配合飼料で育てていますので、イワシなどの生魚の乱獲という問題も回避できますが、次の段階として、この完全養殖のマグロを海へ放流して、それらが順調に育てば天然のマグロの資源回復にも貢献するということになります。
 その場合、配合飼料で育った魚が自然の海の中でエサを取ることができるかという問題や、少数の親魚の卵から育った特定の遺伝子をもつ魚が大量に繁殖すると遺伝子多様性が維持されるかという問題があり、昨年10月から完全養殖で育った3代目の稚魚が海に放流され、それらを確かめる実験が始まりました。

 そこで資源の涸渇が危惧されている他の魚についても完全養殖を目指せということで注目されているのがウナギです。
 日本で供給されているウナギのうち天然ウナギは1%にもならず、ほぼ全量が養殖ですが、その元は天然の稚魚であるシラスウナギを獲って育てているものです。
 そのシラスウナギが世界規模で不足になり、今年の夏のウナギの高騰に繋がっているわけです。
 そこでマグロと同様の完全養殖に成功すれば、ウナギ好きの日本人に朗報となるという訳で、昨年から水産庁が養殖ウナギの卵を孵化させる完全養殖の実験を開始し、5年後に1万匹のシラスウナギを生産することを目指しています。
 現在、国内の養殖業者が仕入れているシラスウナギは年間1億匹とされていますから、1万匹では効果はありませんし、値段も現状では1匹について数万円ですから、実用にはなりませんが、マグロも30年かかって実現しましたから、長い目で期待したいと思います。

 現在の食料を考えてみると、穀物や野菜も肉類も、ほぼ100%が魚の養殖に相当する人工的な栽培や飼育で生産されています。
 しかし、魚は世界の漁獲量の40%しか養殖が担っていません。それを考えると、魚の養殖比率も急速に拡大して行く未来が見通せると思います。





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