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論文

 今年の6月に政府の有識者懇談会が日本の領海や排他的経済水域に関係する無人の離島について情報収集を強化する必要があるという中間提言を発表したことを踏まえ、政府が21日の参議院議員選挙が終了した段階で、離島の保全を目的とした省庁連絡会議を設置することが決まったようです。
 日本には海上保安庁の定義による海岸線の長さが100m以上ある島が6852あるのですが、その94%近くは無人島で、人が生活している有人島は420くらいでしかありません。
 しかも、その人数が1桁という島もいくつかあり、そこから推測されるように有人島は年とともに減少しています。
 そのような中でも島の向こう側は他国の領海や排他的経済水域になっている島は「国境離島」といわれ、日本の領土保全や資源確保などに重要な役割を担っているのですが、多くの島が人口の減少、高齢者の増加、空家の増加などの問題に直面しています。
 その問題に対処しようというのが、新たに設置される省庁連絡会議です。

 先週の3連休の期間に、そのような国境離島のなかで、なかなか元気のある場所に行ってきましたので、御紹介したいと思います。
 長崎県の五島列島の北部にある小値賀町(おぢかちょう)、「小さい」に「価値の値」「賀正の賀」と書く17の小島からなる町です。
 行くのはなかなか大変で、東京から行く場合、長崎空港か福岡空港から高速バスに1時間半ほど乗って佐世保港に到着し、そこから高速船に約2時間乗って到着ということですから、ほぼ1日かかる場所です。
 古事記にも名前が登場し、遣唐使の船が寄港したという歴史もある島で、昭和30年頃には1万人以上が生活していましたが、毎年1割以上減少し、現在では2800人と最盛期の4分の1近くになっています。
 それでも小値賀町が注目されていることは、2008年には「JTB交流文化賞」の最優秀賞、2009年には「オーライ!ニッポン大賞」の内閣総理大臣賞、2012年には「地域づくり総務大臣表彰」の大賞など国内の受賞だけではなく、海外からも評価され、2007年と2008年には、アメリカの高校生の国際修学旅行で満足度世界一位にもなっていることが証明しています。

 注目される理由の1つが「Iターン」、つまり島に関係なかった人が多数移住してきていることです。
 1997年からの数字がありますが、この17年間に本籍地が小値賀町以外の人が154名移住し、現在も残っている人が111名にもなります。人口の4%に相当しますから、無視できません。
 そのような効果をもたらしているのがIT産業です。
 このITはインフォメーションテクノロジーではなく、アイランドツーリズムです。
 小値賀町も多くの離島と同様、主要な産業は農業と漁業でしたが、10数年前から、無人島になっていた対岸の野崎島の廃校を宿泊施設に改修して体験型観光をはじめたところ口コミで参加人数が増え、活動もカヌーツアー、エコツアー、漁業体験など幅広くなり、昨年では観光客数が約4万4400名、延宿泊者数が約2万2600名になり、この動きに応えようとボランティアで活動していた人々が6年前に「NPO法人おぢかアイランドツーリズム協会」を設立し、それらがIターンの人たちの雇用に繋がっているのです。

 もう一つ観光客を惹き付けているのが「古民家再生」事業です。
 かつてはアワビの産地として、また捕鯨基地として繁栄したために、立派な民家が残っているのですが、小値賀町に関心をもったアレックス・カーさんが、それらの民家を見て、これを改修して旅館やレストランにすれば観光資源になると語ったことを機会に、京都の町屋や徳島県の祖谷(いや)の農家を改修して旅館とすることに成功した経験のあるカーさんの指導によって、立派な建物に甦りました。
 カーさんは、各地から観光大使になってほしいと要望されていますが、どこも引受けませんでした。しかし、小値賀町だけは唯一引受けており、その評価が分かると思います。
 今回もその一軒に宿泊しましたが、明治初期に建てられた太い木材を使用した建物の骨組を生かして、数千万円を投入して台所や風呂・便所を現代の様式に変えた建物は一流の旅館の趣がありました。

 しかし、もっとも多くの人々が感動するのが民泊です。これは旅館業法や消防法の規制緩和によって、まったく普通の家庭が人々を受入れている仕組で、アイランドツーリズム協会を通じて50軒以上に宿泊できます。
 本島から漁船で15分ほどの距離にある人口80人の大島に小学生が滞在している農家を訪問しましたが、子供たちは食事を用意する手伝いをしたりして、自分の家に居るように生き生きと振る舞い、受入れる家族も御客様として特別に面倒をみるわけでもなく、自分の孫の相手をしている様子で、普通の民宿とはまったく違ったなごやかな雰囲気でした。
 これによる経済的利益は微々たるものですが、高齢化率40%以上の島の高齢者には楽しみにもなっており、2泊3日程度の滞在で帰るときには、家族が分かれるときのように、波止場でお互いに泣きながら抱き合って分かれる光景になるそうです。

 しかし、課題がないわけでもありません。
 アイランドツーリズムは小値賀町を有名にしたことでは大変な貢献ですが、民泊は高齢者の善意で成り立っている側面が強く、長続きさせるのも困難ですし、経済規模では1億数千万円でしかないので、十分な雇用を創り出しているわけでもありません。
 実際、島の高等学校で勉強した子供の3人に1人は島で働きたいと希望していますが、働き場所がないために外部で就職せざるをえないし、漁業も収入が少なく、親が子供に継がせるのをためらっているのが実情です。
 しかし、冒頭でご説明したように、このような国境離島を維持することは、島の人々だけの仕事ではなく、日本全体で取組むべき課題です。
 小値賀町には簡素な民泊だけではなく、一般の旅館も、古民家を再生した優雅な宿泊施設もありますので、この夏休みに離島生活を体験し、その重要性を考える旅行に行かれることをお薦めします。





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