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論文

 昨年12月2日に中央高速道路の笹子トンネルの天井板が次々と落下するという異常な事態が発生し、9名の方が亡くなるという事故が発生しました。
 原因は天井板を吊り下げているボルトが抜け落ちたということでした。
 その後、各地で緊急点検がおこなわれた結果、長野県や高知県のトンネルでも同様の異常が発見されました。
 また、一昨年の東日本大震災のときには、霞ヶ浦にかかる鹿行(ろっこう)大橋が崩壊し、走行していた自動車が一台、湖に転落し、1人が亡くなる事故も発生しています。
 笹子トンネルは供用されはじめてから36年目、鹿行大橋は44年目の事故で、どちらも老朽化していると同時に、維持補修が十分ではなかったことが主要な原因と考えられています。

 このような老朽化は道路や橋だけではなく、全国に61万km敷設されている上水道管のうち、6・2%にあたる3万8000km、ほぼ地球一周分が法定耐用年数の40年を越えた状態で、そのため途中で漏水している水が供給されている水の7%に相当する11億トンにもなっています。
 これは50mプール50万杯分ですから、1日あたり1500杯分という膨大な量です。
 現在、民間営業の屋内プールは1650程度ですから、毎日、それらの水を入れ替えるほどの水量です。
 私が大学に勤めている頃、東京大学の本郷キャンパスで漏水調査をしたところ、供給量の半分近くが途中で漏れており、夏目漱石の小説『三四郎』に登場する三四郎池の水源は漏水ではないかという笑い話があったほどでした。
 下水道管の老朽化も同様で、2010年に下水道管の破損のために道路が陥没したのは全国で5300カ所にもなっています。

 このような老朽化は建設してから50年程度が一つの目処になっていますが、当然、時間とともに、比率は増加していきます。
 国内に15万5000本ある長さ15m以上の道路橋のうち、建設されてから50年を越える橋は2010年には全体の8%の1万2400本でしたが、2030年には53%の8万2150本になります。
 上水道管は2020年には20%、2030年には40%が40年以上経過すると推定されていますし、全国に43万kmある下水管も50年を越える部分は、2010年には2%の8600kmでしたが、2030年には19%の8万1700kmになると推定されています。

 当然、維持補修をしたり、橋などの場合には新しく作り替えることが必要ですが、国と地方自治体の長期債務残高が1000兆円を越えた日本の財政状況では容易なことではありません。
 その将来を国土交通省が予測した数字があります。
 社会基盤のなかの、道路、港湾、空港、公共賃貸住宅、下水道、都市公園、治水、海岸の8分野について、維持補修費と更新費が公共投資全体に占める割合は、1990年には29%、2000年も29%でしたが、2010年から投資額が8兆3000億円程度のままで増加しないと仮定すると、2010年には59%、2020年には65%、2030年には85%となり、ついに2040年には100%、つまり新規の建設はできなくなり、全額を維持補修と更新に使わざるを得ないということになるという予測です。

 なぜこのような事態になってしまったかという原因は、1980年代に日本がバブル経済で貿易黒字が膨大になる一方、アメリカは貿易赤字が増大し、1989年の海部内閣のときに、悪名高い日米構造協議によって、アメリカの圧力により内需拡大のために10年間で430兆円の公共投資をする約束をさせられ、必ずしも必要ではない社会基盤を建設してきたことです。
 造ってしまったからといっても維持補修は必要ですから、道路やトンネルや空港などの一部は廃止するということをしないで使い続けるとすると、維持補修費は2050年には1兆3000億円の不足、2060年には2兆5000億円の赤字、すなわち新規の建設は一切しないとしても、公共投資を増額せざるを得ないという状態になるということです。

 この結果、維持補修や更新を怠るとどういうことになるかの先例が1960年代後半からのアメリカで発生しています。
 1967年にアメリカ東部のウエストヴァージニア州とオハイオ州の境界にあるシルバーブリッジが崩壊して46名が死亡する事故が発生しました。
 それ以外にも、1973年にはニューヨークのマンハッタンの高架道路の崩落、1981年には同じくマンハッタンのブルックリンブリッジのケーブルが破断して通行人が死亡する事故、1983年にはコネチカット州のマイアナスブリッジの崩落事故など、次々と社会基盤の破綻が発生しました。
 これらの多くは1920年代後半から30年代にかけてのニューディール政策で、景気回復のために膨大な公共投資がおこなわれたときに建設されたものです。
 それから約50年が経過した60年代後半から80年代に老朽化による事故が発生したわけです。

 当時、全米の社会基盤の維持補修には200兆円は必要だという報告書も出されていたのですが、その時期の民主党のリンドン・ジョンソン大統領は、公共投資よりは貧困対策という方針で社会保障のバラマキが行われ、社会基盤の維持補修には十分な投資がなされませんでした。
 その結果、アメリカ国内各地で社会基盤の事故が続出したという結果になったわけです。
 そのような前例があるにもかかわらず、同じことを繰返したのが日本で、過去3年半の日本では、ジョンソン大統領の所属する政党と同じ名前の民主党が「コンクリートから人へ」という、これも同様の国民におもねる政策を主張し、社会基盤の事故が頻発する事態になったのです。
 ちなみに50年後の2060年までに必要とされる維持補修や更新に必要な費用の累計は190兆円と推定され、この金額までアメリカにそっくりな状況です。
 政府が来週の15日に発表する補正予算のうち緊急経済対策は10兆3000億円で、7兆円は公共事業になりそうですが、今日ご紹介したような半世紀近い先まで見通した目的に使っていただきたいと思います。





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