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論文

 最近になり、3Dプリンターが話題になることが増えています。
 これまでのプリンターは例えばコンピュータで自動車の部品を設計すると、その設計情報を「紙」という2次元の物体に印刷する機械で、実際の3次元の部品にするのは別の装置でした。
 ところが、3Dプリンターはコンピュータで設計した情報からいきなり3次元の部品を製造してしまう技術です。
 この技術は最近登場したわけではなく、1980年代初期に「ラピッド・プロトタイピング」、日本語に翻訳すれば「高速試作」とでもいう名前で研究され、その基本構想は日本で誕生しました。
 80年代後半になると、実際に試作ができる装置がアメリカで開発され、実用時代に入りました。

 いくつかの方法がありましたが、主要な方法は「光造形」といわれ、レーザー光線を照射すると固まる性質のある液状の樹脂を透明な容器に入れ、外側から0・1mm程度の間隔で固めたい個所に光を当てて順次移動しながら固め、試作する部品の形が出来上がったところで、容器から引き上げるとプラスチック製の部品が完成するという方法でした。
 もちろんプラスチックの部品が製品に使える訳ではありませんが、工場でプレスをするときの金型を作る前に、設計が適正かどうかを確認するために使用されていました。

 しかし、残念ながら、それほど大量には普及しませんでした。
 それが最近になって話題になるほど普及してきたのは、携帯電話でも分かるように、次々と新製品が登場して、製品のサイクルが短くなってきたために、生産するまでの時間を短縮する要求が強くなってきたことと、装置の値段が急速に安くなってきたからです。
 かつては数千万円から億円単位であった装置が、最近ではそれほど精度を要求しなければ十数万円まで低下してきたので、中小企業どころか個人でも購入できるほどになってきたのです。
 同時に、立体の形を測定できる3Dスキャナーも安価になってきましたので、彫刻の形を3Dスキャナーで計測し、それを3Dプリンターで"印刷"すると、樹脂製の彫刻の複製を個人で作ることもできます。

 重要なことは、これによって産業の構造に変革が発生することです。
 それを早い時期に予言したのがアメリカの未来学者アルビン・トフラーで、1980年に刊行してベストセラーになった『第三の波』で、情報技術の進歩によって「プロシューマー」が登場すると予言しました。
 産業革命以後の工業社会では、物を生産する人(プロデューサー)と消費する人(コンシューマー)は別々でしたが、同じ人が生産し消費する時代になると予測し、それを「プロシューマー」名付けたのです。
 分かり易い例が「名刺」で、以前はだれもが街角にある印刷屋さんという専門のプロデューサーに行って名刺を注文していましたが、現在では多くの人がコンピュータで自分の名刺をデザインして印刷する時代になっています。
 また、デジタルビデオカメラが安価になって普及し、その画像を編集するソフトウェアが数万円で販売されるようになり、素人でも簡単に映像作品を制作できるようになりました。
 以前は、それを多くの人に見てもらう方法がなかったのですが、2005年に「ユーチューブ」が登場し、だれでもアップロードできるようになったので、一気に爆発的人気を獲得することも可能になりました。
 これまでは映画やテレビ番組を視聴するコンシューマーでしかなかった素人がプロデューサーにもなる時代が出現してきたのです。

 トフラーは理論として予言しただけですが、ものづくりの分野でプロシューマーを実現する研究をした先駆者が、アメリカのマサチュセッツ工科大学のビット・アンド・アトムズセンターのニール・ガーシェンフェルド所長でした。
 このセンターの名前が象徴していますが、ビットは情報の原単位、アトムは原子ですから物質の原単位で、情報と物質を融合した分野を開発していこうという研究所です。
 ガーシェンフェルド教授は2005年に『ものづくり革命−パーソナル・ファブリケーションの夜明け』という本を出版し、その構想と活動を紹介し、私が日本語版の解説を書いたのですが、やや時期尚早で話題になりませんでした。
 しかし、先程ご説明したように、装置が一気に安くなってきた結果、ブームの兆しが訪れたというのが現在です。

 ガーションフェルド所長は世界の100カ所以上に、設計をするコンピュータと試作をする3Dプリンターを備えた「ファブラボ」を用意し、プロシューマーの育成をしていますが、オバマ大統領は第2期の4年間で、アメリカの1000カ所の学校に「ファブラボ」を設置する計画を提案しています。
 さらに電気自動車や液晶テレビジョン受像機などの分野でも、集積回路まで自作はできないにしても、汎用部品を購入して組立てればプロシューマーになれる社会が登場しています。
 これは過去200年近く発展してきた大量生産、大量消費の産業構造が崩壊しはじめたということかも知れません。

 今年9月に日本の大手家電メーカーが発表した薄型テレビジョン受像機の来年3月期の販売計画は、パナソニックが1250万台から900万台、ソニーが1550万台から1450万台、東芝が1600万台から1300万台と、大幅に下方修正しています。
 これは地上デジタル放送への移行にともなう特需と、エコポイントによる支援が終了したという特殊な条件があるかも知れませんが、そのような短期的原因だけではなく、産業構造が大変化している兆候かも知れません。
 30年前に予言されたプロシューマーが本格的に台頭してきた新しい産業構造を見据えた戦略が、日本のものづくりに必要ではないかと思います。





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