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論文

 今日は日本の漢方が危ういという最近事情を御紹介したいと思います。
 私たちは身体の調子が悪いと感じると、病院や診療所に行き、西洋医学で診断をしてもらい、西洋医学で治療してもらうのが普通です。
 しかし、これがどこでも普通というわけではなく、私がこれまで訪ねた地域では、例えば、アメリカインディアンのナヴァホ族は、生活している場所に立派な大病院があるのですが、最初から大病院に行くのではなく、部族の祈祷師(メディシンマン)を家に呼び、部屋の中で薬草を燃やして煙を吸い、お祈りをしてもらい、それでも治らなければ大病院に行くということでした。
 ブータンの地方に行ったときは、主人がお寺に行くというので、片道2時間以上の急な山道を一緒に登り、山頂にある寺院に着いたところ、僧侶に何事か相談してお祈りをしてもらっていました。
 目的を聞いたら、母親の体調が勝れないので、相談に来たところ、僧侶が毎日お祈りをする時間を増やしなさいということだったということです。
 それでも治らなければ、医者のところに連れて行くということでした。
 薬草で治すという例は至る所にあり、アマゾン川の源流付近の熱帯雨林で生活している部族も、ベトナムの山岳地帯に生活している部族も医療の基本は薬草でした。

 日本にも、この伝統は受け継がれ、「漢方」という医学が存在し、漢方薬を処方する薬局も存在しています。
 2010年に「日経メディカル開発」が医師を対象におこなった調査では、83%の薬局が漢方薬を処方しているという回答で、最大の理由は西洋医学の治療には限界があるということです。
 ところが最近、この漢方という医学に異変が発生しているようなのです。
 漢方は名前からも分かるように、中国発祥の医学です。
 伝説では、中国古代に医療と農業の元祖とされる「神農」という皇帝が存在し、一日に百種類の植物を嘗めて、一日に70回も中毒になりながら、薬となる植物を1種類ずつ見極め、1年で365種類の薬草を特定したということになっています。
 その内容を伝えたのが「神農本草経」といわれる世界最古の薬草の書物で、その情報が5世紀から6世紀に日本に伝わり、次第に発展して江戸時代に独自の体系になったのが「漢方」といわれる医学で、現在の中国で「中医学」といわれる医学とは異なったものです。
 一例として、はり治療は日本では細くて短い針をストローを通して使用しますが、中国では太くて長い針をそのまま使うという差があります。

 このような西洋医学以外の治療方法は、国際的には「補完・代替医療」と呼ばれ、世界保健機関(WHO)も重要性を認めて、第一歩として2005年から伝統医学を国際疾病分類(ICD)の対象とする計画を進めてきました。
 ところが2008年4月に、中国が国際標準化機構(ISO)に、中国の伝統医学である「中医学」を国際標準にするように提案し、翌年4月に技術委員会(TC)のなかにTC249という作業部会を作ることが決定されました。
 中国は中国伝統医学(TCM)の作業部会とすることを主張しましたが、日本と韓国が反対し、単なる伝統医学(TM)の作業部会とし、取りまとめ役も韓国代表がおこなうことになりました。

 中国がISOに国際標準の提案をすることは突然のように感じますし、作業部会のとりまとめ役に韓国代表が就任することも意外な感じがしますが、両国とも周到に準備をしてきた結果なのです。
 中国は2006年に国家戦略として「中医薬国際科技合作企画綱要」という2020年までの計画を発表し、80名近い専属の役人を充てています。
 そして中医学の医師がアフリカに出向いて針治療でエイズを治療する活動をし、それらの国々が投票のときに応援してくれる準備をしてきました。
 韓国は2008年に「韓医技術標準センター」を設立し、20人程の専属の役人を置いて世界標準を獲得する活動を進めてきました。
 結果として、WHOが人体のツボを361カ所国際標準にしたとき、99%が韓医学のツボに決まるという成果を挙げています。
 また国際学会でも、中国や韓国は論文を次々発表して、国際的に認知度を高めていますが、日本の論文はほとんどないという状態です。
 そして、そのような時期に日本政府が行ったのが、行政刷新会議で漢方の処方を保険の適用外にするという改革で、数十万人の反対署名が提出されるほどの愚行でした。
 そして厚生労働省には漢方を扱う部局もなく、専任の役人も居ないという状況です。

 何が問題かというと、例えばアメリカでは医学研究の拠点である国立衛生研究所(NIH)に数百億円の予算をつけて研究を開始しているように、世界では漢方のような補完・代替医療に注目していますから、国際的な医療活動に発展していく可能性があります。
 そのときに国際疾病分類(ICD)が中医学や韓医学の名称で登録されると、日本では外国の患者に対応できなくなりますし、中医学の医師の資格が国際資格になると、日本の医師は国外で漢方の治療が出来ないということにもなりかねません。
 一言でいうと、1500年以上蓄積してきた日本独自の漢方がガラパゴス医療になってしまうということです。

 もう一つの問題が漢方薬の材料です。
 漢方薬の製法は日本のツムラやクラシエ薬品の技術が世界で抜きん出ており、中国人が日本に来たときに日本製の漢方薬を買って帰るというほどの水準です。
 ところが、その原材料の85%は中国から輸入しているのですが、それは国産に比較して安いからです。
 ところが最近、欧米でも生薬がサプリメントの材料として使われるようになり、急速に値上がりしています。
 そうなるとレアメタル、レアアースと同様に、中国の市場支配が進むことになります。
 西洋医学では治らなくて、漢方薬に頼って治療しておられる患者さんも多数存在する日本ですから、ぜひ長期的な展望と国際的な視野をもった医薬行政をしてほしいと思います。





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