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論文

 先週の5月30日に、佐渡市の自然環境の中で誕生したトキの幼鳥が巣から飛び立ったという情報が騒がれています。
 トキは日本国内では一旦絶滅したのですが、中国からつがいをもらって人工繁殖させ、それを放鳥といって自然環境に放ったところ、ペアとなって卵を産み、そのヒナが無事成長しはじめたということで結構なことです。
 ところが、時期的にトキよりも先に日本では絶滅し、ロシアから6羽の幼鳥をもらって同じように人工繁殖させて、先に放鳥して自然に繁殖しはじめているコウノトリについては、それほどの騒ぎになっていません。
 実は先週末に兵庫県豊岡市にある、コウノトリを人工繁殖させている「コウノトリの郷公園」を見学してきましたので、トキと比較しながら、コウノトリの最近の状況を御紹介したいと思います。

 トキとコウノトリは、慣れない人が見ると見間違うほど似ています。
 生物の分類でもトキは「コウノトリ目/トキ科/トキ属/トキ」ですが、コウノトリは「コウノトリ目/コウノトリ科/コウノトリ属/コウノトリ」ですから、大きくは同族ということになります。
 トキは学名を「ニッポニア・ニッポン」と言いますが、江戸時代には北海道から九州まで日本全域に棲息しており、来日していたドイツ人医師のシーボルトが剥製をオランダに送ったところ、名付けられた名前です。
 実際、野生で生育していたのは日本、中国、朝鮮半島、ロシアの極東だけでしたが、日本、ロシア、朝鮮半島では絶滅し、野生のままのトキは中国の陝西(せんせい)省に7羽が発見されているだけです。
 そこで日本、中国、韓国では人工繁殖の努力をして増やしているのが現状で、中国では1000羽以上、韓国では20羽弱、日本では6月1日現在45羽が生存しているという状況です。

 一方、コウノトリはヨーロッパでは赤ん坊を運んでくる鳥と伝えられているように、アジアに居るコウノトリとは同一ではありませんが棲息しています。
 この鳥も江戸時代には全国に棲息していたのですが、明治以降、開発が進むにつれて減少してきました。
 それでもトキやコウノトリは田んぼに入ってエサを獲るために、農業の妨げになると誤解され、明治25年に「狩猟規則」が公布されたときにツルやツバメは保護鳥とされましたが、コウノトリは狩猟可能のままでした。
 ところが明治37年に豊岡市でコウノトリに4羽のヒナが誕生したときに日露戦争の戦闘で勝利し、「瑞鳥」、めでたい鳥として話題になり、そのおかげで明治41年の狩猟規則で、トキ、コウノトリ、ヘラサギが保護鳥に追加指定されました。

 しかし、戦時中には燃料として松林が伐採され、戦後には圃場整備や河川改修によって湿地が減少するとともに、農薬の散布で生育環境が激減した影響で、急速に数が減りはじめ、トキは1952年、コウノトリは56年に特別天然記念物に指定されましたが、時すでに遅しで、野生状態のコウノトリは71年に絶滅、捕獲されていたコウノトリも86年に死亡、トキは捕獲されて佐渡トキ保護センターで飼育されていた最後の一羽「キン」が2003年に死亡という事態になりました。

 このような事態を見越して、野生コウノトリが12羽まで減った1965年に2羽を捕獲して人工繁殖を開始し、途中で85年にはロシアから6羽の幼鳥を貰い受け、4分の1世紀の苦労の末の89年に初めてヒナが誕生し、2002年には100羽以上のコウノトリがケージのなかで飼育されている状態になりました。
 そこで2005年に5羽を、翌年には7羽を放鳥し、その後5年間にわたり現在までに27羽が放鳥され、17羽の生存が確認されています。
 それらのコウノトリは野外で繁殖しはじめ、現在では47羽になり、昨年の11月1日現在で、日本国内の33府県117市町村に飛んでいっていると報告されています。
 トキについても同じような経過で、2008年の第1回の放鳥から明日の6月8日に第8回の放鳥が予定されていますが、これまでに78羽が自然に帰され45羽の生存が確認されています。

 自然や生物の保護に関心のある方には興味があることだと思いますが、この生活の厳しいときに人間の生活保護の方が重要だと異論があるかも知れません。
 そこで、どのような効果があるかをご紹介したいと思いますが、まず経済の利益からご紹介します。
 豊岡市ではコウノトリが生育するためには肉食であるコウノトリのエサとなるドジョウ、カエル、水棲昆虫などを繁殖させるため、農薬を使用しないか75%以上減らす稲作面積をふやし、過去9年間でわずか0・7haから234haにまで増加させ、「コウノトリ育むお米」というブランドのコシヒカリを販売していますが、これが安全なコメとして大人気になっています。
 また、残留農薬が国の基準の10分の1以下の野菜などを「コウノトリの舞」というブランド名にして販売していますが、その作付け面積も過去8年間で26倍にも増え、販売量が増えています。
 またいつでも生きたコウノトリを見ることができるので、最近では年間30万人の観光客が「コウノトリの郷公園」を訪れ、その経済効果は10億円と計算されています。

 しかし、より重要なことは、金銭で計れない価値が増えていることです。
 コウノトリは人間を除外すれば、水田のある一帯の食物連鎖の頂点に存在します。その下にはコウノトリが食べる水中の小魚やカエル、その下には、それらのエサである小エビやプランクトン、さらに下には水草や植物プランクトンが健全に生育している必要があります。
 つまり環境が健全でなければ頂点の生物は生育できないわけですから、人間にとっても健全な環境が維持されていることを意味します。
 そして昨年、かつてトキやコウノトリが普通に生活していた能登半島と佐渡が「世界農業遺産」に登録されました。
 これは環境を維持しながら農業生産を行っている地域を顕彰する制度ですが、その背景にはトキやコウノトリが復活したことが大きく影響しています。
 自然を回復することは経済の利益だけではないということを佐渡や豊岡の活動が示していると思います。





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