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論文

 1年半ほど前(2010年9月2日)、植物工場の流行をご紹介しましたが、その時点では、それほど社会が強い関心を持つ存在でもありませんでした。
 ところが昨年の東日本大震災以後、東北地方で植物工場が注目されています。
 仙台平野のように、広大な田畑が海水に浸かって農業が出来なくなった地域や、福島の浜通のように、放射性物質に汚染され屋外で野菜の栽培ができない地域で、土壌の汚染や放射性物質による汚染に影響されない植物工場が期待されるようになったのです。
 例えば、仙台市の海岸沿いの若林区は広大な田畑が津波の影響で利用できなくなっていますが、外食チェーンのサイゼリアが1・5ヘクタールの土地に1億円を投入してトマト栽培の植物工場を建設しました。
 また、放射性物質の汚染で一部が警戒区域に指定されている福島県川内村でも、農業復興のために密閉式の植物工場の建設が始まり、レタスやパセリの栽培をする予定で、農業生産と雇用確保の一石二鳥を狙っています。

 このような人工環境で食料を生産する動きが海産物にも広がっています。
 すでに20年以上前からベンチャー企業が技術開発をしてきましたが、技術が十分に成熟していなかったことと、値段が海での養殖物よりも高くて、なかなか実用になりませんでした。
 しかし、マグロなどの漁獲制限が始まり、また中国で海の魚の需要が急増するようになり、魚の値段が高くなってきたため、経済的に成立する状態になり、各地で海の魚の養殖が進んでいます。

 例えば、新潟県妙高市という内陸にある都市では、2007年から妙高雪国水産という会社が市街地でエビを養殖し販売しています。
 見学に行ったことがありますが、工場のような建物のなかに広大な水槽があり、外部から持込んだ孵化したばかりのエビを養殖していました。

 長崎県松浦市では松浦水産が陸上でトラフグを養殖し、2005年から出荷していますし、広島県尾道市の因島でも2009年から、イクラスという水産会社が陸上に直径10m、水深1・3mの円形水槽を4基作り、トラフグを養殖して出荷しています。

 また、海に面していない栃木県那珂川町では温泉から湧き出している温水の塩分濃度が海水とほぼ同じだということで、2010年に夢創造という会社を設立し、小学校の廃校の中に水槽を作り、トラフグを養殖し、「元祖温泉トラフグ」という名前で昨年から出荷しています。

 最近、注目されているのは岡山市にある岡山理科大学が2005年から研究を始め、2年前の2010年から実証実験をしている魚工場です。
 これは海岸にあるのではなく、海岸から20kmも内陸にある小高い丘の上に作られた施設で、直径8mの円形の水槽でクロマグロやヒラメなどの高級魚を養殖しています。

 これらに共通する特徴は2点ありますが、第一はトラフグ、マグロ、エビなど高級魚が対象ということです。
 これはお分かりのように、人工環境で養殖しますから電気代やエサ代がかかるので、単価が高い魚にしないと採算が取れないということです。
 第二は完全閉鎖循環養殖といわれる技術を採用していることです。
 人工環境で養殖しても、海岸近くであれば、目の前の海の水をポンプで汲み上げて新しい海水と交換すれば良いのですが、内陸であるとタンクローリーで海水を運ぶ必要があり、費用がかかりすぎて経済的に成立しません。
 そこで、まず真水に化学物質を溶かした人工海水が開発され、その海水も循環させて、汚物を取り除いて殺菌し、不足する化学物質を添加してながら、同じ水を使うという技術が開発されました。

 これについては面白いエピソードがあります。
 20年以上前のことですが、私の友人でノーベル賞候補にも挙がっていた松本元博士(故人)が筑波研究学園都市にある研究所でヤリイカを飼育していました。
 ヤリイカの神経細胞は比較的大きいので、それを取り出して神経の信号伝達のメカニズムを調べようというわけです。
 ところがヤリイカは環境変化に敏感で、すぐ死んでしまい困っていました。
 あるとき、ノーベル医学生理学賞の受賞者であるコンラート・ローレンツ博士が興味があるということで、筑波までヤリイカの飼育施設を見学に来られました。
 松本博士がローレンツ博士に「あまり長くイカを飼育できないのです」と訴えられたところ、じっとイカを見ていたローレンツ博士が「エサをやっていないだろう」と言われたのです。
 その通りで、流石にだてにノーベル賞を受賞しているわけではないという話題になりましたが、本当の原因はイカが排出する糞尿などのアンモニアが上手く除去されていないことでした。
 そこで以後、エサを与え、海水の中の汚染物を除去したところ長生きするようになったという話です。

 最近では海水の浄化技術が進歩し、ご説明したように各地に完全閉鎖循環養殖が実現するようになったのですが、この技術が新しい施設を可能にしています。
 5月22日から東京スカイツリーの足元に「すみだ水族館」が開館しますがここの目玉は東京湾から小笠原諸島までの海中の生物の展示する「東京大水槽」です。
 なぜ江東区で海洋生物が展示できるかというと、長岡技術科学大学で開発された水質浄化技術で海水を循環できるからです。
 きれいな海水を海から運んでくると、トンあたり5000円もするそうですが、すみだ水族館の「東京大水槽」の容量は350トンですから、一回、海水を入れ替えるだけで175万円になり、循環技術がなければ不可能だったわけです。
 これまで海のない地方の水族館は、岐阜県各務原市にある「アクア・トトぎふ」、滋賀県草津市にある「琵琶湖博物館」、埼玉県羽生(はにゅう)市にある「さいたま水族館」など、淡水生物中心でした。
 しかし、3月11日に京都市下京区に開館した「京都水族館」をはじめ、「すみだ水族館」など内陸の海洋水族館が登場する時代になったのです。





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